特別対談

田中慶子様にお話しをお聞きしました。

藤平信一 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

田中慶子 様

同時通訳者


 同時通訳者として、ダライ・ラマ、テイラー・スウィフト、ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカムなどの通訳をして来られた田中慶子さんのお話をお聴きしました。田中さんはコーチングやラジオ出演のほか、倉敷市にある大原美術館で理事を務め、様々な活動をなさっています。2024年から心身統一合氣道の稽古をされています。

「思い」が伝わることが大事

藤平信一会長(以下、藤平):田中さんは各分野の第一線の方々から信頼され、同時通訳者として指名されています。田中さんのご著書『不登校の女子高生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由』(KADOKAWA)を拝読すると、始めから同時通訳者になろうと思っていたわけではなかったのですね。日本の学校は体質に合わなかったのですか。

田中慶子様(以下、田中):私は愛知県の出身で、名古屋郊外の古い土地柄の地域で育ちました。学校もすごく保守的で、「みんな一緒に同じことをする」のがお約束みたいな雰囲気に、何ともいえない窮屈さを感じていました。高校や中学校どころか、小学校や保育園も合わなかったですね。海外留学で英語の世界に飛び込んで、様々な壁にぶつかりながら悩みに悩んで、紆余曲折を経て同時通訳の仕事をするようになりました。もっとも、今でも悩み続けていますが……(笑)

藤平:警視総監をされた米村敏朗さん(会報誌第48・49号に登場)がご著書を絶賛なさっていて、「もう一度、若い頃に戻るのなら、田中さんのように悩み抜きたい」と言われていました。

田中:おそらく様々なタイプの人がいて、例えば、「オリンピックで金メダルを獲る」ことを目標に頑張れるタイプがいます。私の場合は、目標設定して行うことはことごとくダメで、目標を決めずに進んでみて、ふと気がついたら「あ!私はここに来たかったんだ!」と、あとから分かることが多いです。「山登り型」と「川下り型」と表現しているのですが、どうやら私は川下り型で、川が分かれているときに「どちらかというと右の方が景色良いから何となくこっちに行きたいな」という感じで進んでいます。

藤平:川下り型だと、色々なことをやりながら、それが最終的に結果に結びついて行くという良さがありそうです。目標を置くことにはメリットもデメリットもあって、最大のデメリットは「目標達成に必要の無いことはやらない」ということかもしれませんね。
 私は海外での講習会の指導で英語を使う機会があります。指導はコミュニケーションであり、言葉はあくまでもその手段で、言葉を通じて「思い」が伝わることが大事だと感じています。同時通訳という仕事においては、いかがでしょうか。

田中:そうですね。私の場合は、現場に行って通訳しているだけではなくて、前もって相当の時間をかけて通訳する方について調べ上げます。著書やその方に関する本を読んだり、YouTubeで発信している動画を観たり。最近だとiPadを日常のあらゆるところに持ち込んでいるので、その方と一緒に生活しているような感覚すらあります。

藤平:それはすごい(笑)。

田中:「人の考えていることなんて、所詮、分からないよね?」という本音もありながら、努力目標として「汲み取ること」を大切にしています。

「分からないこと」を理解する挑戦

藤平:先代の藤平光一先生は英語で指導できる方でしたが、私がお伴をするようになってからは、必ず私に通訳をさせていました。私より語学力が高い人がいるのですが、その方がどれだけ流暢に通訳をしても、「伝えたいことが正しく伝わらない」と言っていました。そこには語学力だけではない「何か」があるわけですね。

田中:それは現場ですごく感じます。私たちはプロとして通訳のテクニックを学んできていますが、その方の「言いたいこと」は一番近くにいる人が一番分かっているのです。会社で一緒に仕事されている人の方が、ニュアンスが分かる。「この言葉で言いたいのはこういうことなのですよ」という部分は、基本的に私たち外部の人間には分かりません。

藤平:同時通訳という仕事は、その「分からないこと」を理解する挑戦ですね。どのようにアプローチするのでしょうか。

田中:「憑依する感じ」という人もいますが(笑)、私は「共感する」感じです。「この人の言葉を伝えたい!」という共感は、通訳をする上でモチベーションにも氣合いにもなります。その人を知れば知るほど共感しやすくなります。「なぜ今、その人が、その場に来て、その言葉を発して、その活動をしているのか」ということも、知るほどに良く分かるので、最終的に「やはり勉強しかないな」というところに、いつも落ち着きます。

藤平:語学において「共感」が重要と捉える人は少ないかもしれませんね。語彙や文法、言い回しも必要ですが、その「人」を理解することが最も重要ということでしょうか。

田中:通訳を必要とするには、そこにその人なりの理由があるのです。何かしらの目的があって講演をしたりミーティングをしたりする。「そのアクションを起こしている理由は何だろう?」と考えます。今、そのアクションを起こす背景や理由を理解したいのです。
 私たち「ホモサピエンス」は、ストーリーで世界を理解すると聞いたことがあります。この人が今その発言をするのは、その人なりのストーリーがあって発言している、と思うのです。そのストーリーを理解できると、ニュアンスが掴みやすくなり、どんな言葉を選べば良いのかがクリアになります。

藤平:差し支えなければ、実例を教えていただけますか。

田中:先日、ビル・ゲイツさん(元マイクロソフト最高経営責任者)の通訳をさせて頂きました。日本語に訳しづらい言葉ですが、彼は今、「フィランソロピスト(Philanthropist)」として慈善活動をされています。世界一の大金持ちとして君臨していた方が慈善活動をしている理由を、「アメリカのキリスト教文化の博愛主義が裏にあるのかな」とか、「アメリカでは、持てる者は持たざる者に与えるのを理想とする文化なのか」とか、自分なりに考えたりしていましたが、今回、ご自身のお話をされるのを聴いて腑に落ちました。
 ビル・ゲイツさんがアフリカに行った際に、もの凄い数の子どもたちが死んでいくのを見て、しかもその理由がマラリアや結核、母子感染によるエイズで、日本やアメリカに生まれていたらその理由で5歳以下の子どもが亡くなることは、ほとんどないものであったそうです。「生まれる場所によって子どもが簡単に命を失うという現実に衝撃を受けたのです」というお話しを聴いて、なぜビル・ゲイツさんが世界を回り、その国の政府と対話し、貧困対策を熱心に行っているのか、私の中でストーリーがはっきりしました。お話を聴く前後で、通訳する言葉は同じでも重みが変わりますし、結果として伝わり方が変わります。通訳する私の「伝えたい」という熱量も強くなるのです。

藤平:情報としてならばAIの自動翻訳で事が足りるわけですね。

田中:情報伝達だけなら私たち人間の通訳なんて必要ありませんよ!機械には敵いませんから(笑)。

藤平:通訳というお仕事は、バーバルな(※言語の)だけではなく、ノンバーバルな(※非言語の)コミュニケーションが大事なのでしょうね。

田中:自分でも「通訳の仕事って何だろう?」とよく考えるのですが、機械や辞書の様に訳すのも一つの仕事ですし、それとは対極に「文化のファシリテーター(※相互理解をサポートする人)」という役割もあると思うのです。そもそも文化背景が違うので、ただ言葉を表面的に訳しても通じないことが結構あります。そういう時に、会話の交通整理をしながら「この人はこの言葉をそのまま言っても分からないから、こういう風に置き換えよう」とかを考えながら、その場のコミュニケーションが成り立つお手伝いをするのが私たちの仕事と言えます。AIが進むなかでの同時通訳者の仕事は、今後はファシリテーターの役割が強くなっていくのでは、と思います。

藤平:なるほど、人間だからこそできることです。その意味では「意訳」もそうですね。

田中:主観が入ってしまうと通訳としては越権行為です。ある意味で、意訳も主観ではあるので、「ここまで言って良いかな?」「やり過ぎじゃないか?」という怖さは常にありますが、でも、意訳をしないと通じない時もあるので、自身の判断を信じて訳すだけです。

藤平:その怖さは良く分かります。私は藤平光一先生の継承者として心身統一合氣道を伝えています。不易流行、時代の変化で変わってはいけない「本質」と、時代の変化に応じて変わらなければいけない「伝え方」があります。ここを間違えると、先代の思いをディストートする(※歪める)ことになるので、正しくできているか常に検証を重ねています。

田中:同時通訳は瞬間芸で、ディストートしたらその場で文句を言ってもらえるので、むしろ楽かもしれません。自分で判断し、結果に責任を持つというのは重いことです。

藤平:その上で、同時通訳の仕事の魅力は何ですか。

田中:この仕事の魅力の一つは、通訳する相手の理解が深まれば深まるほど、その人のことを人として好きになることです。誹謗中傷は良く知らない相手に対してしますね。相手のことを理解したら、そんな気持ちにはなれないと思うのです。

藤平:相手のことを知って理解する。最も難しく、最も大事なことですね。

田中:本当にそう思います。AI時代に同時通訳の職業が今後どうなるのか。若い方から「同時通訳者になりたいです」と相談されることがあり、本当に勧めて良いのか考えることがあります。同時通訳者は、常に相手が何を言おうとしているのかを一所懸命考えます。そして、その言葉をいま目の前にいる人に伝えるにはどうやったら伝わるのか考えます。聞いている人が専門家なのか子どもたちなのかによって、同じ言葉でも訳し方は変わります。そういったことを常に、無意識に考えている職業です。そこで培われた能力は、社会の様々な分野で役立つのではないかと思います。同時通訳の仕事をやりたいという方は、その経験をするだけでも価値があるのではないかと思います。

藤平:それには国語力というか、日本語で話すことを日本語で伝える力も必要ですよね。

田中:それは実際、同時通訳のトレーニングに入っています。これが意外にできていないのです。「英語だから伝わらない」と考える方もいるのですが、実際は伝えたいことが明確でないと「日本語でも伝わらない」ことがほとんどなのです。

藤平:最後に、心身統一合氣道とのご縁を教えていただけますか。

田中:20年くらい前に友人のダンサーから「ダンスは人に見せるためのもの。私たちは動物だから、見せるための身体の動かし方ではなく、戦う時の身体の動かし方が生き物として最も理に適っているのよ」と聞いて心に残っていました。偶然でしたが、友人を通じて心身統一合氣道を知って始めたいと思いました。

藤平:本日は貴重なお話をありがとうございます。

『心身統一合氣道会 会報』(53号/2026年1月発行)に掲載

相⼿の理解が深まれば深まるほど、その⼈のことを⼈として好きになります

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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