
中谷敏先生にお話しをお聞きしました。

藤平信一 会長
東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

中谷敏 先生
大阪府済生会千里病院 院長
大阪府済生会千里病院の院長の中谷敏先生は、心身統一合氣道の稽古を熱心に継続されて、現在参段。仕事や日常生活でどのように氣を活用なさっているかお話をお聴きしました。
医療の現場においても「心身統一合氣道の五原則」が大事
藤平信一会長(以下、藤平):中谷先生とは昨年、ハワイでバッタリお会いしました。
中谷敏先生(以下、中谷):本当に驚きました。ホノルルにあれだけあるレストランで同じ時間にお会いしたのですから。会長は講習の指導でハワイにいらしたのでしたね。
藤平:マウイ島で3日間の講習で指導し、ホノルルには一日だけ立ち寄りました。ですから、偶然というよりもご縁を感じています(笑)。
さて、中谷先生は50代から心身統一合氣道を始められたそうですね。
中谷:仕事がとても忙しくて他のことをする余裕がなかったのですが、52歳の時に職場が変わって時間が出来ました。「そろそろ何かしたいな」と思い始め、お付き合いのあった企業の方が心身統一合氣道の稽古をしていて、お話を聞いているうちに関心を持ちました。
藤平:実際に稽古を始めて、どのような印象をお持ちになりましたか。
中谷:最初は週1回から始めました。稽古している瞬間はとにかく面白いのですが、家に帰ると忘れてしまいます。「身につけるとは簡単なことではないな」と感じました。あとは、右手で行った動作を左手でも同じように稽古するのが新鮮でしたね。
藤平:確かに、左右均等で動く機会はあまりないですね。ゴルフやテニスでも片側です。
中谷:50歳を超えても訓練次第で出来るようになることが素晴らしいと思います。ただ、私の場合は週1回では技をほとんど覚えられなかったので、週2回に増やしたところ、そこからハマって夢中になっていきました。現在では週4~5回くらい通っております(笑)。
藤平:大学合氣道部のようです(笑)。稽古の時間をどうやって作り出しているのですか。
中谷:以前の職場はいつ呼び出されるか分からない環境でしたが、今の職場では時間がきっちりしているので、夕方以降は比較的に出やすいのです。そのため、平日の夜と土曜日の稽古や、週末の講習などに参加しています。
藤平:以前に、中谷先生が医師会に寄稿された文章を拝読しました。医療の現場においても「心身統一合氣道の五原則」が大事だと書かれていました。
中谷:心身統一合氣道の技の稽古は、相手が「氣が出る」ように導くことですね。医療は患者さんに接する仕事ですから、心身統一合氣道の五原則の「一、氣が出ている」「二、相手の心を知る」「三、相手の氣を尊ぶ」「四、相手の立場に立つ」「五、率先窮行」を通じて、患者さんの氣が出るように導くことが大切だと考えています。
まずは「一、氣が出ている」。こちらが元氣でないと患者さんも良くなりません。次に「二、相手の心を知る」。患者さんはそれぞれ思いをお持ちですから、それを理解することが大切です。そして「三、相手の氣を尊ぶ」。患者さんが今後どのようになっていきたいか、そしてどんな治療を選択されるか、尊重することです。「四、相手の立場に立つ」では、患者さんやご家族の立場に立って、生活環境や経済的なことをふまえて進める必要があります。最後の「五、率先窮行」では、ひとたび方針が決まったら迷わず進んでいくことです。
藤平:一人一人の患者さんにそれだけ丁寧に対応するには相応の時間や労力が必要ですね。中谷先生を動かす原点はどこにあるのでしょうか。
中谷:医者になってから様々な経験をしてきて、失敗もしてきました。この歳になってみて思うことは、「相手の立場に立つ」ことが医療の根本なのだと思います。始めからそのような思いであったわけではなく、自分の中で醸成されてきたものです。
藤平:広岡達朗さんは「最近の医者は患者の顔もろくに見ずに、検査結果だけ示して患者を不安にさせている。人間は不安を感じていると生命力が働かない。医者の本分は患者を励まして患者の生命力を発揮させることだ」とよく言われます。
中谷:その通りだと思います。私も及ばずながら日々、実践しております。
藤平:中谷先生は、大きな病院の院長として、病院に所属する多くの人々を導いていく立場にいらっしゃいます。日頃、どのようなことを大事になさっていますか。
中谷:元々、私は研究室にいたのですが、突然、従業員が900名以上いる病院を率いていく立場になりました。リーダーシップを発揮して率いていかなければいけないわけですが、ドクター・ナース・検査技師・事務の方など、様々な職種の方と面談を頻繁にしています。
ドクターでもナースでも、時には叱ったり、注意をしたりしないといけません。まず、こちらが心を静め、相手の立場に立ってどのような思いでいるのかを理解し、どうしたら相手が受け入れられるかを考え、それから伝えることを大切にしています。このプロセスがあることで、相手にとって受け入れにくいことも、スッと受け入れてもらえる感覚があります。心身統一合氣道の五原則は人生万般に活きるので、つくづく学んで良かったと思います。
藤平:言いたいことを一方的に伝えるのではなく、相手を理解する姿勢があるからこそ、抵抗なく受け入れられるわけですね。相互理解を得ることは大事でも、一人一人にそれだけの時間を取るのは大変ではありませんか。
中谷:院長というのは臨床から離れていますので、ひょっとしたら病院で私が一番、暇なのかもしれません(笑)。ただ、それだけの時間をかける意義があります。対話することで、皆さんと同じ方向を向くことができます。会議だけでは決してそうはなりません。
藤平:2020年から院長をお務めになっているということは、まさに新型コロナウイルスが猛威を振るった時期ですね。想像を絶するご苦労があったのではないでしょうか。
中谷:2020年の始めくらいは少しずつコロナの情報が入ってきていましたが、私は研究室にいたので、どこか他人事のように感じていました。それが4月に病院に赴任することになって、真っ先に突きつけられたのがコロナ問題でした。
当初、病院ではPCR検査や治療を呼吸器内科だけで行っていましたが、どうにも手が足りず追いつかない状況で、患者さんを救うためにPCR検査も治療も病院内の全ての科の医者が行うことを決意しました。
藤平:未知のウイルスですから、医療従事者の皆さんも恐怖感があったはずですね。
中谷:PCR検査自体に感染のリスクもありましたので、誰であっても嫌なのは当然です。「それならば!」と私が率先してPCR検査に従事することにしました。おそらく、呼吸器内科以外では私が最初だったと思います(笑)。そこから、色々なことが動き始めました。

藤平:中谷先生の本氣を感じたのですね。人を動かすのは、やはり「氣」ですね。
そんなコロナ禍は三年も続くことになります。病院の雰囲気は停滞したでしょうし、未来に希望が持てない状況であったと思いますが、病院で働く皆さんを中谷先生はどの様に鼓舞したのでしょうか。
中谷:それが本当に難しく、とにかく手探りで、色々な職種の方と頻繁に話し合いました。
コロナの患者さんも増えたり減ったり、状況も常に変化していました。愕然としたのは、2021年5月に訪れたとんでもない感染の波(第4波)でした。この時のコロナはすぐに重症化するのです。普通に入院して来た方が翌日には挿管(※自分で呼吸ができない患者にチューブを入れて機械で呼吸させる処置)になる。5月の連休のときなど、急速に悪化する人がすごく増えて病棟が足りなくなりました。ICUも満床で一般病棟のナースステーションの隣に「処置室」というスペースがあるのですが、そこまで患者さんのベッドに使っていました。そこに挿管になった患者さんが何人もいるという目を疑うような状況でした。
そんなときであっても、誰の指示でもなく、関係病棟の看護師長さんたちが「今からカンファレンスします」と集まって、自ら考えて、処置をやっていってくれました。その姿を見て「ああ!この病院は大丈夫や!」と思いました。
藤平:病院で働く皆さんの心が一つになっていったのですね。
中谷:実は、前の院長が任期の途中でお辞めになった事情があり、まさにコロナの感染が急拡大した4月、私にとっては縁もゆかりもない病院に突如やってきたので、完全な部外者でした。だから、一から雰囲気を創り出すのが私にとっての最大の仕事でした。図らずもコロナがあったことで皆が一つにまとまった。自分にとっては向かい風でしたが、追い風にもなっていたのだと思います。
藤平:中谷先生は、人間の「生きる力」というものをどの様にお考えになっていますか。
中谷:もっとも基本にして重要なことは、患者さんは自分で治っていくものだと思います。医療はそのお手伝いをしているだけです。患者さん自身が「必ず良くなるぞ!」という意識がなければ治りません。どんなに状態が悪い患者さんであっても、そこから這い上がってくる方を数多く見てきました。こちらが諦めずにやっていけば、超重症の患者さんが10人おられても、そのうち2〜3人は生き返って来られます。これはその患者さんの持っておられる生きる力なのだと思います。そのためには、こちらが「氣が出ている」ことが大事です。
藤平:ここでも「心身統一合氣道の五原則」が活きているのですね。
中谷:心身統一合氣道の稽古は人と人の関わりで、それは医療においても同じことです。実際に患者さんに触れてはじめて分かることもあります。確かに、検査データを見て、画像診断だけでも医療としてはやっていけるのです。でも、やはり患者さんは「触れてなんぼ」だと私は思っております。中には不愉快に思われる患者さんもおられるかも分かりませんが、私は自分で血圧を測って、聴診器を当てるようにしています。例えば、冷たいとか、湿っているとか、皮膚の張りなど、情報量が多いのです。検査機器は常に進歩しているので精密なデータが得られます。今はその解釈は主に人間が行っていますが、今後はAIの領域になっていくことでしょう。それ以外の「触れる」とか「顔を見て話す」とか「氣持ちに寄り添う」といったことは、人の領域であり、これからの医療に真に求められるものだと思います。
藤平:なるほどAIの時代だからこそ、「人」が最も重要なのですね。
中谷:患者さん自身の氣力が湧くように導いていくことが医療だと私は考えています。
藤平:本日は貴重なお話をありがとうございます。
『心身統一合氣道会 会報』(51号/2025年4月発行)に掲載
患者さん自身の氣力が湧くように導いていくことが医療だと私は考えています。
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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。

