佐藤芳之様にお話をお聞きしました。
藤平信一 会長
東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。
佐藤芳之 様
ケニア・ナッツ・カンパニー創業者
20代でアフリカに渡り、ケニア・ナッツ・カンパニーを創業。事業を軌道に乗せて、世界五大マカダミアナッツ・カンパニーとなるまで拡大した後、現地の人々に譲渡。80代の現在でも、世界各国で新しい事業に挑戦している佐藤芳之様のお話しをお聞きしました。
執着しない
藤平信一会長(以下、藤平):佐藤さんはケニアで会社を起こし、世界の5大ナッツカンパニーになるような会社にして、それを無償に近い形で現地の人々に譲られたそうですね。
佐藤芳之様(以下、佐藤):そうです。現地で作った仕事は現地人に任せていく。格好つけて言っているわけではないですが、「離れる美学」というか、執着しない。昔、黒澤明監督の「七人の侍」という映画を観ました。農民は農業をやって、野武士は襲ってくる盗賊から農民を守る、それぞれのスペシャリティで役割があって、それを終えて「じゃあな!」と言って、さっと次へ動いて行くのが格好いいなと思ったのです。
藤平:佐藤さんにとって自然なことだったのですね。
佐藤:自然の摂理のようなものです。木は100年、200年と生きても、いずれ崩れる。会社もそうで、変化しなければいずれ無くなって当たり前。かれこれ50年以上続いていますから、次の人が来て、その時に必要なことをやれば良い。オーナーシップに固執しないだけです。
藤平:固執することで様々な滞りが生じますね。
佐藤:人生において年代に応じた生き方が必ずあるはずで、10代、20代、30代……と区切らないとダラダラしてしまいます。私はそれぞれの年代であらかじめ何となくプランを作って、いま80代になりました。これまでで一番良かったのは70代でした。10代に身体を鍛えて、20代に勉強して、30代にやることを見つけて夢中になって努力して、40代に花を咲かせて、50代に実がなって、食べ始めたらもういいや、と。60代で新しいことが待っていて、70代が爆発期。本を書いて、マスコミに出て、新しい会社も作って、70代は華。毎日が本当に楽しくて素晴らしいな、と思いました。
藤平:80代になられて、いかがですか。
佐藤:2年くらい前にある人から、「佐藤さんは86歳でブレイクする」と言われました。「まだブレイクしていないのか、俺は!」と驚きましたよ(笑)。だったら、ブレイクするために必要な氣力・体力を養っておかなければいけないと、血糖値などをコントロールする食事療法を始めました。食べたい放題、飲みたい放題でやっていましたから、80代を迎えて少しレギュレートして、マインドセットして、ブレイクに備えてワクワクして待っています。
藤平:どの年代でも共通しているのは、「前を向いている」ことでしょうか。
佐藤:そうです。これから先に「きっと面白い良いことがあるだろう」と。頭でっかちになるとマイナス思考に陥りますが、全部ぶった切って前に進んでいく感じです。
藤平:佐藤さんのことを知るある経営者は、「私だったら、自分が起こした事業を手放すことなんてできません。それをできるのは本当の偉人ですよ」と言われていました。
佐藤:偉人じゃありませんよ(笑)。僕は言い出しっぺで、旗を振った応援団長で、あとは皆、良い人達がやってくれたのです。一生懸命やった人達が自立して独立していく。僕が惜しみなく手放してしまうので、当初は妻も驚いていましたが、「考えてみたら、会社は自分達のものではないのよね。皆でやっている会社なのだから、自分の役目が終わったら譲るのが当たり前。そうなると凄く身軽で、先に進む時に良いのですね」と言ってくれました。
藤平:すごい奥様ですね。
佐藤:アフリカのサバンナを車で移動していたときに、キリンの家族の移動を見ました。キリンは大八車で荷物を引いて引っ越ししません。何も持たずに一家でトコトコ歩いて移動します。ああいう生き方は、妻の言う通りスッキリしている。束縛を無くすには物欲を捨てること。事業で儲けたら皆に分けてあげる。僕も皆と同じくらい取って、次に行く。その会社には未練がないので、伸びようが潰れようがあとは自然の運行に任せたら良いのです。
これまで会社をいくつか作りましたが、今では自分がどの会社を作ったか忘れています。先日も町を歩いていたら「社長!」と声を掛けてくれる人がいて、「あんたはどこの会社の誰だったっけ?」と(笑)。「お陰様で成功してベンツに乗っています!」と言うので、「そうか。じゃあ、自分や自分の子どもだけのことでなく、社員のことを考えなさいよ」と声をかけました。
藤平:なるほど、身軽だからこそ前に進めるのですね。
先進国で生活していると、物質的に恵まれている反面、自然から教わることがなくなっている気がします。私たちは天地自然の一部の存在であり、「自分が所有している」と思っていても、所詮は人間が決めたことですよね。そして、常にそれに束縛されている。
佐藤:特に、「財産」というものは我々のエネルギーをすごく奪っていきます。管理するのが大変ではないですか。誰かが騙し取るかもしれない。私なんて身軽なものです(笑)。
自然と一体
藤平:佐藤さんは、現在も世界各地で事業をなさっているそうですね。
佐藤:自宅があるケニアのナイロビを拠点にしてあちらこちらを行ったり来たりしています。日本で始めた2つの仕事のために日本に来て地方を回り、ついでに長女の住むカリフォルニアの家族のところに出掛け、次女家族が住むベルギーにもちょくちょく行きます。ルワンダとタンザニアにも仕事があるので、世界各地をぐるぐる回っている感じです。
藤平:新しいことにチャレンジするエネルギーの源泉は何ですか。
佐藤:好奇心ですかね。もう一つは、「まだまだ、やれることがあるのではないか?」という思いです。新しいものを見ると「やってみたい!」と、直感で取りかかってしまうのです。
藤平:私はアフリカに行ったことがないのですが、とても若い国で、「これからの国」という雰囲気を発しているそうですね。
佐藤:世界の先進国は最近ちょっと落ちてきています。日本は成熟期で、国民の平均年齢は49歳近くなっています。熟成した社会だと考え方も雰囲気も成熟してきます。アフリカの国民の平均年齢は20歳くらいなので、未開発の社会エネルギーが充満しています。国全体がまだ開発途上で、これからの可能性を感じる雰囲気で、チャンスに満ちている感じがします。その中に身を置いていると、私自身も未完成なこともあって、元気でさえいれば、これからまだまだ伸びるかもしれないと思えます。
藤平:日本とアフリカでは時間の感覚が異なると聞きます。
佐藤:アフリカでは、気の向くままというか、「何時にいらっしゃい」と言っても、1時間くらい遅れるのが普通です。ナイジェリアでは5~6時間。私が一番多く待ったのは株主総会のときで、株主が来るのに24時間待ちました。それでもイライラしたら負けです。「しょうがない、こういう時間の流れだ」と。来る途中で車が引っくり返って骨を折っているかもしれない。アフリカでは何が起こるか分からないので、ダメな可能性が結構たくさんあるのです。
藤平:なるほど「上手く行くのが当たり前」という前提がないわけですね。
佐藤:そうなのですよ。今度、購入したタンザニアの畑は、歩いているだけで危ないのです。灌漑のために水を通したパイプを、喉が渇いた象が掘り起こし壊して、たまり水を飲んでしまう。それでも「まあ、しょうがないな」と(笑)。象には象の言い分があって生存権があるのだから、ガタガタ言わないで仲良くやろう、と。農業ばかりでなく、何ごとにおいても自然と共生することで成り立つのだから、事業だってキチキチとはいきません。
藤平:昨今の日本では「正解を得てリスクを避けたい」という風潮が強くなりました。リスクは挑戦して初めて生じるものなので、挑戦しないところにリスクはありませんね。
佐藤:アフリカでは「生きる」こと自体がリスクテイキングです。でも、リスクがあって何が起こるか分からないからこそ面白いのですよ。事業だって、結婚だって、同じですよ。
藤平:先日、NHKの番組で日本の俳優さんがアフリカ各地を旅していました。空を見ているアフリカ人に「何か面白いものでもありますか?」と声を掛けるのですが、「お前は面白いものがないと空を見ないのか?」と返されていました。
佐藤:的を射たやり取りですね。ボ~っとしているようで、自然と一体になっているのではないでしょうか。「向こうに雲があるから、そろそろ雨が降るかな~。適度ならいいけど大雨になると作物がやられるな~」とかね。面白くて見ているというよりも、生きるリズムの中に自然があるので、リズムを破ってまで急いでも仕方ないだろうという感じなのだと思います。
藤平:ご著書のなかに「アフリカでは言葉は風と同じ」とありました。
佐藤:そう、「風」です。ある時、嘘をついた社員を問い質したら「昨日の言葉はキリマンジャロの麓まで飛んで行きました」と言われました。「こいつ、詩人だな」と思いました(笑)。
その言葉から学びました。風になって、千の言葉が空を飛んでいるのかもしれないと思うと、悠然としてくるじゃないですか。「嘘も方便」とあるように、嘘をつかざるを得ない状況があるのだと思うのです。嘘にも理由があると思いが至ると、「事情があるなら、ハッキリ言いなさい」と言えます。でも、2回目の嘘をついた時は「いい加減にしろ!」と僕もさすがに怒りましたよ。それはそれ、これはこれ、ですから。
藤平:なるほど、言葉一つにも固執してしまうと、「なぜ相手がそうしたか」に思いが至らなくなりますね。固執をすることで滞りが生じますから。心のゆとりというか、大らかさがあるから、常に変化するものに対応できるのでしょうね。
佐藤:「世の中、何ごとにおいても常ならず」です。その瞬間でベストを尽くす。明日どうなるかは誰にも分からないのだから。
藤平:こうして佐藤さんのお話を伺っていると、まさに「氣を出す」こと、そのものに感じます。心身統一合氣道の技は「投げたい」という我欲が強いと相手とぶつかってできません。そういったものが外れて、相手のことを理解できると導き投げることができます。
佐藤:道場で体験させてもらって、理屈だけでは説明できない「氣」を体験して、これは奥深く長続きする学びだと感じました。ぜひ弟子入りしたいと思います。「心身統一合氣道の五原則」が素晴らしく、家でよく眺めています。
藤平:心から歓迎いたします。本日は貴重なお話をありがとうございます。
『心身統一合氣道会 会報』(46号/2024年4月発行)に掲載
その瞬間でベストを尽くす。明日どうなるかは誰にも分からないのだから。
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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。