広岡達朗様にお話をお聞きしました。
藤平信一 心身統一合氣道会 会長
東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。
広岡達朗 様
野球評論家
2月に出版された、藤平信一会長の新著『広岡達朗 人生の答え』を記念して、出版後にあらためて広岡達朗さんのお話をお聴きしました。
「How to say」ではなく「How to do」
藤平信一会長(以下、藤平):90歳のお誕生日(※2月9日)、誠におめでとうございます。
広岡達朗様(以下、広岡):90歳ですよ。自分でも驚いています。
藤平:本の見本がちょうどお誕生日に出来上がり、お届けすることができて良かったです。
この本を出版するにあたって、多くの人から「なぜ先生が広岡さんのことを書くのですか」と質問されました。私はノンフィクション作家ではないので、なぜ心身統一合氣道の継承者が野球の広岡さんを語るのかが、よく分からなかったようです。
広岡:それはそうでしょうね(笑)。
藤平:この対談の読者の皆さんのために、出版に至るまでの経緯を説明しますと、2021年の秋に広岡さんのご自宅に挨拶に伺いました。90歳を迎える広岡さんのお話が、とにかく私の胸に響きました。私がお聴きするだけでは勿体ないので、広岡さんの著書として「ぜひ本にされませんか」と提案しました。
広岡:そうでしたかね。
藤平:広岡さんから「それでは、先生が出版社を探してもらえますか」と言われて、出版社を探してきたら、「じゃあ先生、お願いしますね」と……(笑)。その瞬間に思い出したのです。広岡さんは常に本気の方なので、私が本気で「本になること」を望むならば、私がやらなければ嘘ですよね。
広岡:ははは。何にしても、素晴らしい本になりましたね。対談で話をしたことが的確にまとめられていて、私が「本当に言いたいこと」がきちんと書かれてあった。だから、野球界の教え子や球団関係者にも、ずいぶん本を送りましたよ。
藤平:広岡さんとの関係についても良く尋ねられます。私が最初にお会いしたのは9歳のときで、広岡さんの膝の上に乗せて頂いて撮影した写真が残っています。この頃から数えれば、もう40年ということになります。
私が会長に就任してからは、ロサンゼルス・ドジャースや日本のプロ野球の球団などで、野球選手に指導する機会をたくさん頂きました。親子二代で広岡さんと共に同じ道を歩んで来たわけで、私にとってこの15年間の広岡さんとの濃密な時間は宝物です。
広岡:藤平光一先生は本当に素晴らしい指導者でした。「How to say」ではなく「How to do」を説き、「何が良い」「何が悪い」と口で言うのではなく、「どうしたらできるか」を身体で示してくださる先生でした。そんな指導者は、今ではほとんどいませんよ。
藤平:広岡さんは夜、お休みになる前に藤平光一先生の本をお読みになるそうですね。
広岡:読み直してみるとね、良いことが書かれているのですよ。読むたびに新たに気づくことがあります。
藤平:私の内弟子時代、藤平光一先生はいつも決まって「天地の姿」の話をされるのですが、お供をしている私からしてみれば、同じ話を何百回と聞いているわけです。あるとき、藤平光一先生に呼ばれて「お前、ワシがまた同じ話をしていると思っているだろう?」と聞かれました。私は「そんなことありません!」と答えましたが、「嘘をいうな」と……(笑)。
広岡:「氣」の先生に嘘は通じませんな(笑)。
藤平:その後がありまして、「ワシがなぜ同じ話を繰り返すか分かるか。それだけ大事なことだからだ。話を聞いただけで理解したと思ったら大間違い。できるようになって初めて理解したといえる。ワシはできるようになるまで何度でも繰り返しているのだよ」と。
広岡:実に、藤平光一先生らしい話ですね。
藤平:それ以来、私の話を聞く姿勢が変わりました。自分が進歩していれば、同じ話であっても、聴くたびに常に新しい発見があります。「また同じ話か」と聞こえるときは、進歩が止まっているのだと学びました。
広岡:いまはちょっと知識を得ただけで「分かった」などと言うものだから、尚さらですよ。
指導者こそ学ぶ必要がある
藤平:広岡さんは常に勉強を続けていらっしゃるのですね。
広岡:「勉強する」といっても、気負う必要などまったくないのですよ。昨日より今日、今日より明日が少しでも良くなることを心がけていれば、勉強するのが当たり前になります。90歳になりましたが、今も毎日が勉強です。
藤平:広岡さんは「人は必ず育つ」という信念のもとで、どうしたら人が育つか、野球は勿論のこと、食べ物や生活習慣についてまで勉強なさっています。
広岡:指導者は「相手ができるようになる」まで導く責務があるのだから、どうしたら良くなるかを勉強するのは当たり前のことです。
その当たり前のことを野球界は疎かにしている。本の対談でも述べたように、いまの野球界には指導者が勉強する仕組みがなく、選手として活躍した人間がほとんど勉強することなく監督やコーチになる。プロの野球選手を指導する人間がプロの指導者ではないのです。
藤平:藤平光一先生は「指導者こそ学びなさい」と説きました。心身統一合氣道会では、指導資格を持つ者は、指導者講習や指導者稽古といった機会で常に学んでいます。学ぶ姿勢を持たない者は、指導の現場に立つことを認められません。
今回の対談で私が感じたのは、指導者は技や指導技能を学ぶだけではなく、もっと人間そのものを学ぶ必要があるということです。これから充実させていきたいと考えています。
広岡:そういう大事なことは、藤平光一先生から道場の外で教わることが多かったですね。現役を引退して、ニューヨークの道場でお世話になったとき、毎晩のように先生と飲み歩いて、いろんな質問をさせてもらいました。
私が深刻な質問をするとね、先生はフッと笑うのですよ。すると、こちらも緊張でこわばっていたのがスッと取れるのです。こんなちょっとしたことでも、先生がどうやって人を導いているのかが分かりました。
藤平:そういった細部からこそ、大事なことを学べるのですね。
ロサンゼルス・ドジャースのキャンプで広岡さんに同行いただいたとき、食堂に向かう若い選手の歩き方をみて、「先生、あの子はどこか痛めていますよ」と言われました。その選手に私がこっそり尋ねてみると、「コーチにも言っていないのに、なぜ分かったのですか」と驚いていました。広岡さんはグラウンドや練習場にいるときだけでなく、選手の日常生活も細かくみていることに驚きました。
広岡:野球だけをみても、選手のことは理解できませんよ。表情や歩き方ひとつでも、いろんなことが分かります。最近ではデータを分析するだけで、その選手のことを「理解した」という指導者がいますが、とんでもないことです。私が監督をしていた頃は、その選手の一挙手一投足に表れる小さな変化を見逃さないように心がけていました。
何よりね、調子の良い選手は「氣が出ている」のです。氣が引っ込んでいるときは何か不安を抱えている。そのままの状態では力は発揮できないわけだから、「どうしたら氣が出るか」と、一緒に取り組んでいくのです。
藤平:野球という高度な技術を突き詰めていくと、最後はやはり「氣」なのですね。
広岡:そういうことです。藤平光一先生はね、どうしたら氣が出るかを「臍下の一点」や「重みが下」といった方法で、誰でもできるように具体的に示してくださいました。そのお陰で、指導者として私は選手に「How to do」を示すことができたのです。
私はこれからも一生学び続けますが、90歳になった今、その役割を若い指導者たちに引き継いでいきたいと思っています。そのためにね、今回の本がとても大切だったのです。
「90歳を迎える広岡さんに、訊きたいコト」
藤平:ところで、本書の第3章の「90歳を迎える広岡さんに、訊きたいコト」が大好評で、こんなこともお尋ねしてみたい、という声がたくさん上がっています。本書の延長戦として、いくつかお尋ねしても良いでしょうか。
広岡:構いませんよ。
藤平:最初の質問です。「夢を持つことが大事とよくいわれますが、コロナ禍のような見通しの立たない時代では難しいと思っています。夢を持つことをどう思われますか」という質問です。いかがでしょうか。
広岡:私はいつも「夢を大きく持ちなさい」と言っています。「夢を持つ」とは未来の姿を心に思い描くことです。自分勝手な欲望を持つこととは違います。夢を持つことで、「氣」が通うのですよ。
藤平:ああ、「氣」の観点なのですね。氣が通っているから、そこに到達できるわけですね。
広岡:そう。だから、どうせ持つなら「夢は大きく」ということです。
藤平:次の質問です。「私は犬によく吠えられます。先日も、主人と一緒に散歩していたのに、子犬が私にだけ吠えるのです(涙)。主人はまったく吠えられないのに……。動物に嫌われるのは、私に何か原因があるのでしょうか」とのこと。
広岡:ははは。おそらく、元々、この人は犬が苦手なのでしょう。苦手にしていると、それが「氣」で相手に伝わってしまいます。動物は人間よりも敏感だから、その「氣」を察知して吠えているのでしょうね。
野球でも同じで、苦手にしているピッチャーとバッターが対峙すると、それが「氣」で相手に伝わってしまうのです。最初から勝負に負けているのですよ。藤平光一先生は、そんなときは「さあ!いらっしゃい!」と氣を出して、正面から向かい合いなさいと教えました。すると、ちゃんと力を発揮できるのです。
藤平:なるほど、これも「氣」の観点なのですね。広岡さんがいかに「氣」というものを大事にされて来たのかが良く分かります。
最後の質問です。私自身はお聞きしにくい質問なのですが、どうしてもとのことなので……。「広岡さんから藤平信一先生はどのようにみえますか」という質問で、私もドキドキしながらお尋ねしています。
広岡:15年くらい前かな。一緒に野球選手を指導するようになった頃は、とにかく真っ直ぐな印象でしたね。「生真面目」といったら良いのかな。
藤平:褒められていませんよね(笑)。
広岡:ははは。でもね、最近の先生をみていると、在りし日の藤平光一先生の姿がみえます。発している「氣」が似ているのです。今の先生の活躍をみたら、藤平光一先生はさぞ喜んでいらっしゃると思いますよ。
「教え」というものは、こうして人から人へと連綿として伝わっていくのだな、と思います。だからこそ「人を育てる」ことが重要で、先生には勉強を続けて、「人を育てる」ことに尽力していただきたいと思います。
藤平:有り難うございます。私も広岡さんを見習って、一生、勉強を続けたいと思います。
誌面の関係で、以上の三つの質問を選びました。皆さんから寄せられた質問は、本で収録した以外にもたくさん残っていますので、何だか勿体ない感じがします。
広岡:それでは、本の続編を作りましょう。また、先生が書くのですよ(笑)。
藤平:分かりました(笑)。本日は貴重なお話を有り難うございます。
『心身統一合氣道会 会報』(39号/2022年4月発行)に掲載
90歳になりましたが、今も毎日が勉強です。
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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。