特別対談

小林哲也様にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

小林哲也 様

株式会社帝国ホテル 特別顧問


帝国ホテル(株式会社 帝国ホテル)特別顧問の小林哲也様のお話をお聞きしました。小林様は、創業130周年の伝統ある帝国ホテルで「総支配人」「社長」「会長」を歴任されました。小林様は現在、心身統一合氣道の稽古を熱心になさっています。

「素直である」こと

藤平信一会長(以下、藤平):心身統一合氣道を始められたきっかけを教えて頂けますか。

小林哲也様(以下、小林):渋滞学の西成活裕先生(会報誌19号登場)と数年前にある会社の評議員として一緒になり、「合氣道を習っているんですよ」と聞いていました。ある朝、NHK総合「あさイチ」に藤平信一会長が出演されているのを観て、「いい顔をされているな」と思い、76歳という年齢ですが入門しました。ホリプロ創業者の堀威夫さんが80歳から始められて、今88歳でおやりになっていると知り、70代なんてまだ小僧っ子だと(笑)。
 最近、急に動くと体のバランスをうまく取れないときがあり、「稽古で鍛えることで老化に向けて少しは改善されるかな」という希望がありました。

藤平:初回の稽古のときと比較して、バランスが良くなられましたね。

小林:有り難うございます。良くなってきているかとは思いますけれど、まだまだです(笑)。

藤平:小林様は帝国ホテルの社長、会長とリーダーを務めて来られました。先日、あるテレビ番組で、「さすが帝国ホテル推進会議」という活動が紹介されていました。これは小林さんが始められたものですね。

小林:そうです。お客様の高い期待に添えるようなサービスをすれば「流石、帝国ホテルですね」と言われ、少しでも足りないと「帝国ホテルともあろうものが!」とお叱りを受けるわけです。帝国ホテルにその中間はありません。そういう環境で、サービスをどう安定的にしていくかを考えました。
 帝国ホテルは2020年に130年を迎えましたが、その歴史の中で「流石、帝国ホテルですね」といわれる文化を先達が創ってきてくれた。ならば、全てのお客様にそう言ってもらおう、と考えたのです。何か行動を起こすときはネーミングが大事。当時、私は取締役総合企画部長だったので、「せっかくそういった有り難い評価を頂いているのなら、そのまま使おう!」ということで、「さすが帝国ホテル推進会議」という名称にしました。ある大手ホテルの社長から「小林さん、それにしても良いネーミングですね」と褒められました(笑)。

藤平:子供も理解できる実に分かりやすい名称ですね。

小林:難しいネーミングだと長続きしないのです。社内の賛同を得て、社命として20年ほど前から始まりました。

藤平:この取り組みが、帝国ホテルで働く皆さんの価値基準となったわけですね。

小林:それともう一つ、帝国ホテルの行動基準と実行テーマをまとめた4つ折りのカードにして、皆に常に持ってもらうことにしました。
 「挨拶」「清潔」「身だしなみ」「感謝」「気配り」「謙虚」「知識」「創意」「挑戦」という9つのテーマのうち、何を選ぶかは各職場で決め、徹底することから始めました。
 「我々の生活は、給料から何から、全てお客様が下さっているのだ」ということを徹底的に認識する。そういうお客様に対して、まかり間違っても言葉遣いやビヘイビアから、「帝国ホテルともあろうものが」としてはならぬということです。

藤平:心を向ける先が常にお客様であるはずが、実は忘れやすいということですね。

小林:その通りです。やり方はともかくとして、各職場で「毎日」徹底しましょうということです。

藤平:9つのテーマに「謙虚」を入れた理由は何ですか。

小林:私は「座右の銘は何ですか?」と尋ねられると、若い頃から「誠実・謙虚です」と答えてきました。明治の哲学者の内村鑑三が「興国とは謙の賜物であり、亡国とは驕(おご)りの結果である」という言葉を残していますが、謙虚こそ、人間の最も大事なスタンスです。そして自分の言葉として「驕りは個人を潰し、会社を潰し、そして遂には国をも潰す」と置いてきました。
 それに加えて、「素直に、明るく、元気よく」。ホテルで働く者として、お客様と相対する時に素直がもっとも大事なのです。素直な人には伸びしろがあります。素直とは「真っ直ぐ受け取る」こと。人の話をよく聞く。自分の直すべきところをよくみる。

藤平:「素直」こそ、成長の秘訣ということですね。「素直」と「従順」を間違える人がいます。
 お客様の言いなりになるのではなく、お客様の声を素直に受け取る。改めるべきところを改め、更に良くすべきところは良くする。それができる人は成長しそうです。

小林:ホテルでお客様の対応をする者も、「素直である」とお客様が何を求めているか真っ直ぐ受け取ることができるので、お客様は気持ち良く過ごされます。
 なまじ自分が賢いと思っている者は、お客様が求めていることを真っ直ぐ受け取れないので、ぶつかってしまうことになります。

藤平:ああ、まさに心身統一合氣道の稽古そのものですね。自分の動きは心の状態の表れにも関わらず、「自分はそんなつもりでなかった」と認められないときがあります。それでは良くなるはずもなく、真っ直ぐ受け取ることこそ成長の基本ですね。

小林:お客様は、恐ろしいほど我々を見ています。管理職の皆さんに話しする時、「皆さんは、部下から恐ろしいほど見られています。それをよく認識した上で、自分の行動を管理して下さい」と伝えます。かくいう私が全社員から見られているのですから、恐ろしいことです(笑)。
 普段の行動がしっかりしていない人が、いくら「素直が大事」と言っても、部下は「何を言っているんだ?」となる。話し方、人との付き合い方、お金の使い方、誘い方など部下は全てを見ている。それを認識した上で自分の行動を管理する。

藤平:私たち指導者であれば、恐ろしいほど、生徒さんから見られているということですね。その意識があると無いとでは、立ち居振る舞いや言葉遣い、たたずまいが変わってきます。
 自覚があるから「自分がどうあるべきか」が分かるわけですね。

小林:アメリカの心理学者ポール・ピコースの言葉で、LEADERとは、「Listen 傾聴する」「Explain 説明する」「Assist 援助する」「Discuss 話し合う」「Evaluate 評価する」「Respond 答える・責任を取る」で、これを持っている人がリーダーであり、心して鍛えないといけない、ということです。

藤平:「傾聴する」が最初に来るのも印象深いですね。「よく聴く」ことは素直だからこそできることですね。

小林:素直な人は、雑音を入れずに聞きます。自分が賢いと思っている人は、常に雑音があるので、音は耳に入れども正しく音を聴いていません。

藤平:「雑音」という例えは実に分かりやすいですね。本人は聴いているつもりでも、相手の意図がまったく理解できない。「雑念」と言い換えても良いでしょうか。なるほど、ホテルでサービスを提供する上で、なぜ「素直」が重要か分かって来ました。お客様の声を正しく理解するからこそ、「さすが帝国ホテル」というサービスを体現できるわけですね。

小林:その通りです。失敗してお客様に叱られるケースも多々あるのですけれど、その時は雑念なく徹底的に心から謝る。その謝り方で、お客様は納得して下さるのです。「ああ、この人は本当に謝りに来ているな」と。

藤平:言い訳はまさに「雑念」そのものです。雑念が「氣」を通じて相手に伝わってしまうわけですね。

「一人十色」

藤平:こうしてお話をお聴きしていますと、小林様がもっとも大事にされているのは「形のないもの」ですね。

小林:本当にそうですね。心のあり方、そのものです。

藤平:その心を育てる為の「推進会議」活動なのでしょうか。

小林:褒められることをやった人は、きちんと顕彰して褒めなくてはいけません。部下が良いことをやり、お客様が褒めて下さったら、それを部長が真っ直ぐ受け止める。
 帝国ホテルには社員が2500人程いて、日々、お客様との間で様々なドラマが起きます。「十人十色」と言う言葉がありますが、帝国ホテルにおいては「一人十色」です。どんな目的でいらしたか、どんなお気持ちでいらしたかで、同じお客様であっても対応は変わるのですから。

藤平:「挨拶」ひとつでも、すれば良いというものではありませんね。

小林:きちっと挨拶をした方が喜ばれるという人であっても、それを嫌がる時もあります。

藤平:「さすが帝国ホテル推進会議」では、具体的にどのようなことをされるのですか。

小林:毎日、一生懸命働いていると、叱られる人もいて、褒められる人もいる。褒められ方も本人に直接言う場合と、部長宛に言う場合、社長宛に手紙を書く場合、と色々あるのです。それを徹底的に拾って報告させ、「さすが帝国ホテル推進会議」で審査して、決まると社長が部門に出向いて、職場のギャラリーの前で発表します。「~さんは心から喜んで頂きたいという思いから、こういう行動になって、それがきちっと評価されました。おめでとうございます」と表彰状と金一封を渡します。それに対して、本人が答辞をする訳です。まさに心が出てくる。ですから、本人も聞いている私達もギャラリーも、皆で泣いてしまうこともあります。

藤平:「雑音」がないからこそ、ですね。

小林:そうなのです。例えば、ルームサービスのウェイトレスが、お食事をお届けする際に、様々な配慮があります。お客様はそれを見ているわけです。ある時、ウェイトレスが退出した後にお客様がドアスコープで見たら、閉まったドアに向かって従業員が深々とお辞儀していた。それを見たお客様は「こんなの初めて見た」と。

藤平:形だけの行為ではなく、本気の行動だからお客様に伝わったのですね。

小林:はい。その様に褒められるケースが年間50~60件ぐらいあるのですが、各職場での表彰とは別に、東京・大阪を二元中継でつなぎ、年間グランプリを全社的に表彰するのです。それが「さすが帝国ホテル推進会議」です。
 こんなこともありました。お祖母さま、お母さま、お孫さんで宝塚を観劇にいらした際、お祖母さまの具合が悪くなってしまい、「お隣の帝国ホテルのロビーで休ませてもらおう」とされました。なかなか状態が落ち着かない為、上の階の部屋にご案内したところ、2~3時間経って回復されました。「ホテルの宿泊客でもないのに、こんなに親切にしてくれるなんて、御礼がしたい」と言うお母さまに対して、マネージャーが「御礼なんてとんでもない事でございます。お祖母さまが元気になられたら、帝国ホテルに珈琲でも飲みにいらして頂けたら有り難いです」と対応しました。
 後日、社長宛に事の次第が書かれたお手紙が届き、私は手紙を読んで涙がボロボロこぼれました。「何という良いことをしてくれたんだ!」と。

藤平:東日本大震災の時も、帝国ホテルでは現場のマネージャーの判断で帰宅困難者の対応をされたと聞きました。
 こういった判断をなぜ現場の一人一人ができるのでしょうか。

小林:130年にわたって世界中からお客様をお迎えしているのを口伝で聞いているのです。一朝一夕のものではないと思います。正に現場力です。

藤平:歴史と伝統ということですね。

小林:それが一番の財産だと思っています。

藤平:その歴史と伝統を引き継ぐ「人材」は、どのように獲得しているのでしょうか。

小林:例えば、困っている人をみかけたら、ホテルで勤務中であるかどうかに関わらず、それが道であってもどこであっても、手を差し伸べる心根を持つ人を求めています。帝国ホテルに入ってから教育で学べるものもあるかもしれない。入る前から家庭教育で身についている人もいる。ですから、入社試験の面接官は、学業よりも、「この子の資質はどこにあるのか」を見抜く眼力を持っていないといけないのです。

藤平:良い人材を採用するには、採用する側も良い人材でないといけませんね。

小林:その通りです。有り難いことにたくさんの方に応募して頂き、社長面接に至るには多くの関門があって、人事部の選別の眼力を突破しなければいけません。ある時期に、それなのに役員が面接する5次面接で、決して良い人材ばかりではないことに気がつきました。良い人をふるいに掛けて落としているのではないか、と。
 「雑念」があるとみえなくなるのは、採用も同じだと思います。

「運と縁と依怙贔屓」

藤平:最後の質問ですが、小林さんは、エッセイストの島地勝彦さんの「運と縁と依怙贔屓(えこひいき)」という言葉を好んで引用されるとお聞きしました。「依怙贔屓」とは、どんな意味で使われているのでしょうか。

小林:自分に対して一生懸命尽くしてくれた人に対する少しの御礼です。島地さんは青山学院大学から集英社に入って、週刊プレイボーイに配属された当時、花形作家であった先生方に一生懸命応えました。そして週刊プレイボーイの編集長になって、最後は集英社インターナショナルの社長にまでなります。彼は「入社面接の時に印象が良かったのだろう」「入社の時から可愛がられて依怙贔屓された」と言って謙虚ですが、大先生達からの無理難題にもきちっとお応えして、結果、部数も伸びるし、可愛がられた。
 素直な人は可愛がられるものです。「素直であること」と「可愛げ」はイコールです。この人は可愛げが無いなと言うこともありますね。
 ホテル業では特にそうで、学業の点数だけではダメなのです。

藤平:依怙贔屓も実力のうちですね。「運」も「縁」も「依怙贔屓」も自分ではどうにもならないもの、と思われがちですが、素直であることで呼び寄せているということでしょうか。
 謙虚、素直、依怙贔屓、どれも根底で繋がっているようです。
 本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(38号/2022年1月発行)に掲載

ホテルで働く者として、お客様と相対する時に素直がもっとも大事なのです。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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