特別対談

工藤公康様 特別対談(その2)

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

工藤公康 様

ソフトバンクホークス元監督
1963年愛知県生まれ。1982年西武ライオンズに入団。以降、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズなどに在籍し、現役中に14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝き優勝請負人と呼ばれる。2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督に就任。退任までの7年間に5度の日本シリーズを制覇。


会報誌第41・42号に引き続き、ご好評をいただいた工藤公康様との特別対談をお届けいたします。

「線を引く」ことが大事

藤平信一会長(以下、藤平):工藤さんのご著書『未来をひらく81の思考(宝島社)』を拝読しました。福岡ソフトバンクホークスの監督として取り組まれたことが、惜しげもなく書かれていましたね。

工藤公康様(以下、工藤):詳しくは書きましたが、その瞬間に判断してできるかは別問題です(笑)。
 例えば、監督がシミュレーションすることはできても、「こうしたい」「ああしたい」と言うだけでは、コーチはまったく動けません。まずは、「何のために」行うのかをきちんと理解してもらうことが重要で、その上で気をつけなければいけないのが、「こうしよう」と決めたのに行動に繋がらないケースです。

藤平:「何のために」は理解しても、「何をすべきか」が分からないのですね。

工藤:はい。「監督が言うからやっている。困ったら監督が何とかしてくれる」という依存型のコーチに多く、教えていることに自信は持っているのですが、チームとして「どういう選手をどういうポジションに置いて、どうやってチームとして勝っていくか」までは考えが至らない。勝ち続けるチームとして自分が果たすべき使命と責任を自覚し、勝てなかったときに自分の進退をしっかり考えるから、自分がなすべきことが分かります。

藤平:結果に対する責任を持ってはじめて、行動に繋がるということでしょうか。

工藤:そういうことなのですが、なかなかそうはいきません。どうしても自分の生活が先になる。監督は勿論のこと、コーチも「成績が出なかったらクビになる」という前提がないと、結果に責任を持つことができませんし、覚悟をもって臨むこともできません。

藤平:まさに「真剣勝負」ということですね。

工藤:はい。最もいけないのは、決断を出来ずにズルズルいってしまうことです。望む結果が得られなくても、いろんな人から「いいじゃないか、もう一年!」と言われるのですよ。「こんな時期だってあるよ」と言われるのですが、それではダメなのです。一つを妥協すると、次も妥協するようになって、歯止めが利かなくなります。

藤平:「1ミリずつズレる感覚」なのでしょうね。

工藤:そうなのです。その少しずつのズレが最終的にはすごく大きなズレになって、自分の目指す野球ではなくなり、監督を辞めるときに自分にとって大きなマイナスになる。福岡ソフトバンクホークスでの最後の年は、「ダメだったら今年で!」と、シーズンが始まる前から自分の中で覚悟を決めて、やることを全てやって終えました。

藤平:結果に対する責任については、メジャーリーグの方が遙かに厳しく問われますね。

工藤:GM(ゼネラルマネジャー)の役割、監督の役割などが明確にできているので、責任も明確なのです。日本の場合は、自分たちでしっかり線を引かないと、妥協してズルズルいってしまうのです。いったん妥協を始めると結果に責任を持たなくなって、日々、発する言葉にも表れるものです。

藤平:確かに、どこか他人事というか、対岸の火事のようになります。

工藤:だから「線を引く」ことが大事。

藤平:線を引くことに関しては、先代の藤平光一先生はよく新幹線の出発時刻を例えに戒めていました。定刻から一分でも遅れたら乗れないわけです。それは少しの差ではなく、決定的な差であり、戦地であれば生死を決めるものだ、と。

工藤:さぞ厳しい体験をされたのでしょうね。野球選手の場合はなかなか難しい事情もあって、現役時代に厳しい経験を積み重ねる選手はそう多くはないのです。優勝するチームにいても、その選手がどういう役割にいたかによります。ピッチャーの場合、自分が4番手、5番手という環境だと他の人が勝ってくれるので、自分のピッチングだけをしていれば良い。「絶対に勝たなければいけない」というプレッシャーで投げる経験がないと、同じピッチングでも、言われたことだけやればよいという姿勢に陥りやすい。勝てなかったとしても「惜しかったですね。また次があるじゃないですか」となるのです。

藤平:だからこそ、自分で線を引くわけですね。

工藤:勿論、どんな選手でも現役は終わるわけで、「今年しかない」という瞬間はあったはずです。線を引く経験はしている。でも、実際に自分がコーチになると、現役時代の思考がそのまま続いてしまうのです。だから、選手が少し大変そうにしていると「ほどほどにして休めよ」とか、「今日は止めようか」となってしまう。コーチと選手との関係において、優しい言葉でただ繋がっているみたいになると、そこに妥協が生まれます。そして、その妥協があらゆる面で影響を与えるのです。

藤平:「妥協しない」とは小さなズレを防ぐことであり、それこそ監督やコーチの役割なのですね。選手にとっては生き残りが懸かっているわけですから、監督やコーチとして、いったい何が本当に親切なのか。広岡達朗さんは、その厳しさばかり注目されやすいですが、「何のために厳しかったのか」ということですね。

工藤:手を抜くことなど、絶対に許してもらえなかったですからね(笑)。

藤平:私は今でも広岡さんのご自宅には月1回は伺って、いろいろお話をさせて頂きます。90歳を過ぎて、最近、ファンレターがすごく増えたそうです(笑)。広岡さんの実像を知って頂くために、『広岡達朗 人生の答え』(ワニ・プラス)という本を書きましたので、効果があったのかも……。聞こえの良いことばかり言って人気取りをすることが「人望」だと勘違いされる現代。日本という国が成長に行き詰まっているなか、広岡さんのような妥協のない生き方が注目され始めているのかもしれません。

工藤:そうだと良いですね。自分は勿論のこと、同じ時代に、広岡さんからお世話になって後に監督やコーチになった人は、得意・苦手は別として、広岡さんに感謝していると思います。妥協なく育ててもらったからこそ、今があるのですから。

「自分の心と身体を通じて真理を探究する」

藤平:話は変わりますが、広岡さんがよく「野球人には野球人の身体が必要なのに、肉体をただ鍛えれば良いと思い込んでいる選手やコーチが多い」と指摘しています。

工藤:「何のために身体を鍛えるのか」がないと意味がないからですね。自分がやってきたリズムピッチングというものがあります。ずっと同じペースで投げ続けるのですが、10球、20球、30球、40球……と止まらずに投げると、自分の中心がどこにあるか、フォームの変化やタイミングの違いによってコントロールが微妙に変わるのが分かるのです。これを若い選手たちにやらせると、もう10球くらいで「ハー、ハー」と息が上がってしまいます。

藤平:理に合わない動きだと続かないわけですね。

工藤:そうです。無駄な動きをしているのです。力の出し方や力の抜き方を身体で理解していないと、常に同じ動きをすることはできません。

藤平:選手たちの反応はいかがですか。

工藤:たいていは「そんなやり方があるのですね」と言うだけでやりません……(笑)。

藤平:ああ、「これをやって何になるのですか」問題ですね(笑)。力の出し方、抜き方などは、やってみて初めて会得できるものですから、やりもせずにいくら考えても、それこそ無駄ですね。頭の理解で捉える傾向は、情報社会における共通課題ではないでしょうか。

工藤:先生が指導する現場でも同じことがありますか。

藤平:はい。本来、稽古とは自分の心と身体を通じて真理を探究することです。そこに正解など存在しないわけですが、現代では正解を欲しがる人が多いのです。誰かに正解を与えられると、その瞬間は頭で分かったような気になるのですが、実際には全く身についていない。やるだけやってみると、理に合った動きなのか、そうでないのかが身体で分かり腹落ちしますし、ひとたび身についたものは、いざという時になくなりません。

工藤:なるほど、そうですね。「どうしたらやり続けられるか」が大事で、そこに妥協があると身につかないし、無理があると長続きしません。やり続けて来たピッチャーは、いざというときに強い。それがないと、ちょっと困った場面になるとベンチを見て「代えてくれ」となってしまうのです。

藤平:そんなときは、どう対処されるのですか。

工藤:僕だって勝たなければいけないので、「これは精神的に難しいな」と思ったら、なるべく代えてあげます。しかし、そうすると今度は大事な場面で踏ん張ることができなくなる。ここで代えたら本人のためにならないと投げさせることがありますが、それで良くなるかといえば、そうとも言い切れない。打たれてブツブツ言って帰ってくる選手もいますから(笑)。プロ野球はいま「分業制」が言われていて、修羅場をくぐり抜けての精神的な成長や技術的な向上を選手に求めるのは、環境的に難しくなっているのが現状です。

藤平:選手の気質も大きく変わって来たこともありますね。

工藤:今の選手たちは真面目なので、こちらの言葉をそのまま受け取ってしまいます。難しいと感じるところはありますが、「今の子達はそうだ」と理解することからスタートするだけです。例えば、声を掛ける時にトーンを変えない。球場に入ってからの自分の動きを変えない。自分のルーティーンを変えず、声のかけ方を変えないだけで選手は落ち着きます。

藤平:そこまで心配りをされているのですね。

工藤:クライマックスシリーズとか日本シリーズになると、選手は皆、「今日は大丈夫かな?」となるものですが、自分がいつもと変わらないと「ああ、意外と監督はいつも通りだな。じゃあ、自分たちもいつも通りやろう」となります。中には、固まってしまう選手もいるので、「どうしたの?」「だって、日本シリーズですよ!」「周りが日本シリーズって言っているだけで、俺たちにとっては一つの試合で、自分の打席で打つだけじゃん。いつもと何も変わらないだろう?」といったやり取りをします。

藤平:「いつもと変わらない」というのがキーなのですね。チームの一人一人が力を発揮するためには、まずはリーダーがドンと落ち着いていることが大事。チームに精神的な強さを求めるまえに、まずはリーダー自身が強くないといけませんね。
 こうしてお話しをさせて頂くと、工藤さんのお話は心身統一合氣道の稽古に直結している感じがします。相手を導き投げるには、まず自分の姿勢が整っていないといけません。
 私は「今の若い人は」という言葉に強い違和感を覚えていまして、そこには相手を理解する姿勢が全く感じられません。自分のことを理解して欲しいならば、まずは相手を理解する必要があって、工藤さんは、若い選手のことを理解する努力を重ねているわけですね。

工藤:僕だって入団した頃は、とんでもない奴だと思われていたでしょうし、それこそ「最近の若い奴」だったと思います(笑)。若い選手を指導したり、注意したりするにも、どうしたら選手が理解できるか、どうしたら自ら練習をするようになるかを常に考えています。

藤平:本日も貴重なお話をありがとうございます。

『心身統一合氣道会 会報』(45号/2023年10月発行)に掲載

以前の特別対談はこちら↓
工藤公康様 特別対談(前編)
http://shinshintoitsuaikido.org/talk/12931.html

工藤公康様 特別対談(後編)
http://shinshintoitsuaikido.org/talk/13557.html

どうしたら選手が理解できるか、どうしたら自ら練習をするようになるかを常に考えています。

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