特別対談

川嶋みどり先生にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

川嶋みどり 先生

日本赤十字看護大学名誉教授


看護の仕事に70年携わられている川嶋みどり先生にお話をお聞きしました。川嶋先生は、ご自身の経験に基づき、「看護とは何か」を社会に問いかけ、看護師の社会的地位の確立、看護師の育成など、人生をかけて取り組んでいらっしゃいます。
2007年にナイチンゲール記章を受賞されました。
昨年、91歳で心身統一合氣道の稽古を始められました。

「手当て」が大事

藤平信一会長(以下、藤平):私は14歳のときに胃けいれんになったことがあります。親に隠れて暴飲暴食したので原因は明らかでしたが、念の為に内視鏡検査をすることになりました。当時の胃カメラの太い管を見て怖くなってしまった私は、検査の待合室でブルブル震えていました。それをみていた女性看護師の方が手を優しく握ってくれました。何とも言えない安らぎを得て、苦しい検査でしたが無事に乗り越えることができました。これが、私が覚えている看護師さんとの最初の思い出です。

川嶋みどり様(以下、川嶋):「手を握る」ことは大事なのです。会長が経験された当時の検査は苦しいもので、大人であっても「看護師さんに手を握ってもらってありがたかった」と言われる方が多くいました。胸や背中に手で触れて、さするだけで気分が良くなることがたくさんあります。しかし、最近の現場では看護師が手を使う機会が少なくなって来ています。そのため、私は「一般社団法人 日本て・あーて,TE・ARTE,推進協会」を立ち上げることにしました。

藤平:「手当て」が大事なのですね。

川嶋:医療や看護の基本は、私は「手当て」だと考えています。今から十数年前、大学に勤務していた頃に、文部科学省の研究費で「看護師の手の有用性」を3年かけて研究しました。副題は「手当て学の構築」としました。すると、私の助手は何と「子ども手当」の手当と間違えてしまったのです。辞書で調べてみると、なるほど「基本的な給料などのほかに支給する金銭」と書かれています。

藤平:「手当て」違いですね(笑)。

川嶋:手当てを普及するにあたって、これはどうしたものかと思いました。ちょうどその頃、JICA(国際協力機構)の事業で、アフリカの様々な国から3ヶ月研修でナースが勉強に来ていました。あまりにも高度な日本の医療を見て、彼女たちは「自国では活用できない」という虚しさを感じていた頃に私の講義があり、「あなた達は大切な手を持っているのだから、アフリカに帰ったらその手を使ったら良い。日本には手当てという言葉があるのですよ」という話をしました。何か心に響くものがあったのでしょう。あるナースがそれを歌詞にして歌ってくれました。「川嶋みどりはこう言った。て・あーて。て・あーて……」。何ともいえない優しい響きで、そこでひらめきました。「手当て」と漢字で表すのでなく、ひらがなで「て・あーて」という方が優しい。環境分野で初のノーベル平和賞を受賞したケニア人女性、ワンガリ・マータイさんが「もったいない」という言葉を世界的に広めましたが、「て・あーて」であれば、もしかしたら世界中に広まるかもしれない。しかも、手のアートだから「Te-Art」でもあります。

看護師の仕事は患者のサポート

藤平:川嶋先生のご著書を拝読すると、医師と看護師の領域は、本来、異なると言われています。医師が病気や怪我にアプローチするのに対して、看護師は生命力が発揮するようにサポートするということですね。

川嶋:確かに、看護師というと「医師の手足」という印象は未だに強くあります。明治維新後開業医の手伝いをした女性から始まって近代教育後に職業が確立してからも、そう捉えられがちなのです。私たち看護師自身も被害妄想みたいになっている部分もありますが、本来は注射器もメスも持たず、患者さんの「治る力」を引き出すことこそ看護なのです。看護師の全人格を投入して患者さんと交流し、身体ツールを使って、動かしたり、さすったり、温めたりします。聖路加国際病院理事長の故・日野原重明先生は、「将来、看護師がケアの担い手として医学を牽引する時代が必ず来るよ」と仰っていました。

藤平:看護の「看」の字は、手に目がついています。手で触れることによって「看る」ことをしているのですね。

川嶋:ITの普及やAIの登場などにより、医療はどんどん高度化してはいますが、「痛くないか」「怖くないか」「後遺症がないか」「副作用がないか」という心配が常に伴います。看護はプロセスもアウトカムも安心で、もし、気持ち悪いとしたら、それは看護とはいえません。「気持ち良い」ことこそ最高の看護です。気持ち良くなると、副交感神経が優位になり、ナチュラルキラー細胞が活性化して免疫力が上がり、治る力に繋がります。食欲も出て来ます。気持ち良さを体感して頂くのが看護なのですが、今の看護は様々な事情により、なかなかそこまでいかないのです。

藤平:恥ずかしながら、これまで私も看護師の仕事は医師のサポートだと思っていました。本当は、患者のサポートだったのですね。川嶋先生は、看護で重要なのは「相手の側にいる」「話を聴く」「身体に触れる」だと言われていますね。

川嶋:その三つです。極端に言えば植物状態と診断された患者さんであっても、身体をさすって語りかけていると、事例は少ないですが、目を覚ましたり、話し始めたりすることがあるのです。ICU(集中治療室)に入っている患者さんのモニターで心臓の数値を見ていると、さすったり話したりするだけで、ちゃんと反応するのですよ。中には、血圧が下がったという例もあります。
 でも、こういった地道なサポートはなかなかお金になりません。日本では看護師が160万人以上働いているのですが、今の診療報酬制度では、看護が独立してお金を稼げる仕組みはないのです。一人一人の人件費は安くても、たくさんの人に払わなければならないから、色々な矛盾が絡んで、看護師の待遇が上がっていかない現実があります。

藤平:昨今の報道によると、そこに加えて、医師の仕事の一部を看護師が担う方向に進んでいるそうですね。

川嶋:そうなのです。「医師の働き方改革」という大義名分で、大きな流れになろうとしています。それに対して私たちは「絶対におかしい!」と逆らっている少数派です。

藤平:心身統一合氣道の創始者である藤平光一は、「病」とは身体の不調であり、氣まで病むと「病氣」になる、と説きました。「身に病があれども、病氣にはなるな」ということです。こうして川嶋先生のお話をお聞きしていますと、看護師のお仕事は、患者が「氣が出る」ように導くことと感じました。氣が出るから元氣になるのですね。

川嶋:私はまだ道場に通い始めたばかりの未熟者ですが、心身統一合氣道で教えられる色々なことが、看護と繋がっていると直感しています。私は、武道や武術といったものは道場だけのものだと思っていました。ところが、会長の御本を読ませて頂いて、生活の場に活かすことが大事だと書かれてあって、吃驚し、そして共感したのです。
 そして、「人」もそうです。武道家というと、怖い顔、いかめしい顔をした人しか頭に浮かばなかったのに、道場に伺ってみると、とても穏やかで、礼儀正しく、氣を遣って下さる。第一印象が素晴らしく良かった。これも看護の基本に通じています。

藤平:ありがとうございます。

心身統一合氣道が看護師の教育に活きる

川嶋:「身につける」ことの真摯さも感じました。私が最も危惧しているのは、看護のような仕事の場合、一生懸命頑張って看護学を学び知識を得ても、実際に患者さんに看護ができなければ全く意味が無いということです。「分かった」というところで終わっていて、「出来た」というところまでいかない。「出来た!」という達成感が得られるようなトレーニングが必要で、その方法について問題提起をしています。
 私は理論物理学者の武谷三男先生の技術論を看護に活かそうとして、50年ぐらい積み重ねて来ました。技を身につけるには、「形(から入って)」→「型(を覚えて)」→「可(自分で体得する)」以外なく、学生時代は型まで教えれば良いのだと言われました。
 会長のご著書『コミュニケーションの原点は「氣」にあり!』の西成活裕教授との対談の中で、「普遍性」と「再現性」について述べていらっしゃいましたね。ある人にやって上手くいったら、違う人にやってみる。また上手くいったら、更に別の人にやってみる。それがある程度まとまってきたら、一つの方法論とするという。これこそ技能訓練の方法であり、私は「それを看護でやりたかったのだ!」と気づかされました。

藤平:志を持った看護師の皆さんで一つずつ積み重ねれば、大変な財産になりますね。

川嶋:そうなのです。看護は、自分より体重の重い人を動かし、おむつ交換もする。会長が道場で力を入れずに相手を導き動かす技を見て、寝ている人を起こしたり、車椅子に乗せたりするにも、理に適った「何か」があるのではないか、と。技術化(言語化)されているところを学び、それが「できる」ところまで導いていく道場での教育は、そのまま看護にも活かせると感じています。

藤平:人間はひとたび「分かった」と思うと、それ以上深める努力をしなくなります。私はそう思えることが今でもほとんどありません……。

川嶋:それはすごいと思います。知識の到達点をペーパー上で確かめるのが国家試験ですが、その試験に受かっただけでは、看護は出来ません。仮免の運転手のタクシーに乗るのと同じです。

藤平:そう考えると怖いですね。

川嶋:だから、一通り「出来る」人にして社会に出したいのです。それが看護大学の社会的責任です。そこに行きついていないのは、教える側の理論不足もありますし、人手不足や、「医学教育」と「看護教育」にかける資金の違いなど、様々な要因があります。

藤平:新型コロナウイルスが蔓延してから、触れること自体に制約が生じて、教育はさらに大変だったのではないでしょうか。

川嶋:そうですね。学生たちは現場を知らず教室の中のシミュレーションだけでやっていましたから、一昨年、昨年に現場に出た新人達はコミュニケーションに苦労しています。足がすくんでしまい、頭も真っ白という感じだったでしょうね。

藤平:ところで、私が道場で川嶋先生とお目に掛かって、もっとも感銘を受けたのが、川嶋先生が触れる際の手の感覚でした。触れる相手のことを「理解したい」という手だと感じたのです。心身統一合氣道の技における持ち方も同じで、相手を支配したりコントロールしたりするためではなく、相手を理解するために持ちます。

川嶋:以前に、ミネソタ大学のマラヤ・シュナイダー氏からセラピューティックタッチというものを勉強したことがあり、いつも心掛けているので、手は温かいです。先日も氣圧法の効果も実感して、「勉強したいな」と思っています。

藤平:私たちは「氣を出す」ことをもっとも大事にしています。「氣が出ている」状態では、相手のことを理解できるので、相手の立場に立って導き投げることができます。反対に、氣が滞っている時は相手のことが理解できなくなり、自分本位の動きとなって、導き投げることができません。この辺りも、看護の世界と共通点がありそうですね。

川嶋:たくさんあると思います。「氣」と「心」の関係もそうで、心は一度に一人にしか向けられないけれど、氣は全体に届くという説明も腑に落ちました。病室の大部屋に入っていった時に、全体のことが見えていないといけませんし、その中で「誰がいま一番大変なのか」も見抜かないといけません。そして対応するときは一人一人にしっかり心を向けます。ナースは常に複数の人を同時に看なければならないし、その中で優先順位があって集中して向けなければいけない場面があります。全部に平等に注意を注ぐことはできません。

藤平:心を四方八方に向けるには無理がある、ということですね。

川嶋:そんなことを求められたら、ナースの仕事などできなくなってしまいます。
 心のことでいえば、ナースの心の状態は常に患者さんに伝わっています。例えば、ナースコールがある時「またか!」と思って行くと、その心の状態が伝わってしまうのです。「患者さんは看護師の足音や声、ノック音で感じるのだから、鏡の前で顔を見てからいきなさい」と指導しています。

藤平:なるほど、心身統一合氣道が看護師の教育に活きるというお話が少しずつ理解できてきました。それにしても、失礼ながら川嶋先生は91歳というご年齢で新たなものに学ぼうとなさっています。そのモチベーションは何から生じるのでしょうか。

川嶋:私は「知りたがり屋」で、今でも好奇心の塊です。「一日一知」と言いますが、私の場合は「一分一知」。「どうせ死ぬのだから勉強しても仕方が無い」とか、「学んだことは冥途まで持って行けない」という人もいますが、私は棺桶に入るまで知りたいことは知りたい。せっかく道場に学びに来たのなら、何とかして看護に役立てたい。邪道かもしれませんが「看護に役に立つことがあったら盗みたい」という思いです(笑)。でも、まだ「分かりかけた」だけですので、これからしっかり分かって身につけたいと思います。

藤平:本日は貴重なお話をありがとうございます。

『心身統一合氣道会 会報』(43号/2023年4月発行)に掲載

患者さんの「治る力」を引き出すことこそ看護なのです。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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