工藤公康様との特別対談の「前編」をお届けいたします。
藤平信一 心身統一合氣道会 会長
東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。
工藤公康 様
ソフトバンクホークス元監督
1963年愛知県生まれ。1982年西武ライオンズに入団。以降、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズなどに在籍し、現役中に14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝き優勝請負人と呼ばれる。2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督に就任。退任までの7年間に5度の日本シリーズを制覇。
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プロ野球の選手として29年、解説者として3年、監督として7年、最前線で活躍を続ける工藤公康様のお話を聴きました。
工藤様は選手時代、西武ライオンズの監督であった広岡達朗様(会報誌39号他)の元で活躍されました。現在は筑波大学の博士課程でスポーツ医学博士を目指して研究活動の他、農業活動や社会貢献活動などを精力的になさっています。本対談は前後編でお届けいたします。
プロとして「身体で覚える」ことが基本
藤平信一会長(以下、藤平):前編では、まず広岡さんのことからお尋ねしたいと思います。工藤さんにとって、どのような監督でしたか。
工藤公康様(以下、工藤):野球をやればやるほど、広岡さんのされてきたことが正しいと分かりました。それを身につけなければ本当のトップに行けない。
「勝つ」ということを覚えていくと、それは次の世代に受け継がれていきます。「負けても仕方ない」では分からない。中途半端なことをしていたら、中途半端にしかならない。勝っていく中で、上手く行ったり行かなかったりしながら学んでいきます。
この辺りは、広岡さんは一切言葉にはしませんでしたが、後ろ姿で学んできました。
藤平:それは「身につける」ことも同じですね。
工藤:プロとして「身体で覚える」ことが基本だと教えて頂きました。一つ一つの動きの目的や意味を理解した上で、それがプレーで発揮されるには、身体で覚える他ありません。基本があるから、応用することができます。たとえ上手くいかないことがあっても、基本があるから、そこに立ち返ることもできます。
藤平:先日、雑誌の対談記事で、工藤さんは「無意識でベースカバーできるまで練習していました」と言われていました。
工藤:本当に、見なくても踏めなければいけないのです。広岡さんは「身体で覚えて、踏めるようになれ」と。当初、僕らは「見ずに踏めるわけがないだろう?」と思っていました(笑)。それが「あれ、踏めるかな?」「踏めるときもあるな」という過程を経て、「いつでも踏める!」となる。意識しなくても、自分の身体が勝手に動いてくれる。これこそが基本であり、プロの技術だと感じましたね。
藤平:ある球団のキャンプを観ていたところ、ピッチャーの制球が乱れているのに、捕球したキャッチャーがボールを転がしてバント処理の練習をしていました。ストライクゾーンに来ない球はバントしないはずで、広岡さんなら怒り出しそうです……。
工藤:一つ一つの動きには目的があって、道理があって、それによって結果が生まれます。バント処理一つとっても、それを理解せずに、ただ「セカンドでアウトにすれば良い」「どんな取り方をしても良い」「どんな投げ方をしても良い」にはなりません。そういう練習をいくら繰り返しても、基本は身につきません。
藤平:そういった基本の積み重ねによって「強さ」に繋がっていくのですね。
工藤:「強い」とは何か、だと思います。試合結果だけに目がいきがちですが、それは何をやって来たかの成果であって、基本があるから強くなります。ただ、現役時代はそれがなかなか分からなくて、OBになってから分かることも多いのです。「何を大事にしないといけないか」は頭で理解できることではなく、自分の中で体現して得られるものだからです。
藤平:広岡監督時代の西武ライオンズでの練習はいかがでしたか。
工藤:厳しかったですよ~(笑)。やっている時は、正直、分からなかったこともあります。それでも何年かしてはじめて、「これは大事だ。自分の基本だ!」と分かった。広岡さんは管理野球と言われていますが、僕はそうではないと思います。僕は、広岡さんは強いチームを作る上で何が大事で、プロとして何をやらなければいけないかを教えた人だと思います。
藤平:広岡監督時代の選手で、監督を務める方が多いですね。
工藤:間違いなく広岡さんの影響でしょう。強かった時代の西武の選手が、現役を引退後にコーチとして呼ばれたり、監督を任されたりしています。基本を大事にして、強いチームになっていくプロセスを体験したことで、自分たちが指導者になったときに選手に伝えられるようになるのです。
藤平:なるほど、伝える上でも「基本」が不可欠なのですね。
広岡さんはよく「指導者が教えられないから、選手と馴れ合いの関係になる」と言われています。積み重ねた基本があるからこそ、どうすれば良くなるか、確固たるものを選手に示せるわけですね。
工藤:真剣勝負こそファンの皆様にとっての野球の魅力であるはず。「仲間だから言わない」という馴れ合い、「まぁまぁ」「仕方がない」という妥協、「今日はいいや」「明日!明日!」みたいな甘えがあると、広岡さんは怒っていましたね。
広岡さんには、人には見えないところが見えているのかな、と思います。監督は何をする人なのか、コーチは何をする人なのかがはっきりしていました。だから、広岡さんの判断や行動には迷いがないのだと思います。
藤平:何ごとにおいても、本氣だからこそ人を魅了するわけですね。
工藤:僕が初先発したとき、レフトの選手が前に出過ぎてライナーに万歳してしまいました。試合には勝ちましたが、広岡さんはすごく怒って、ホテルに帰ってからすぐ全員ミーティング。レフトの選手を名指しし、広岡さんは「立て!工藤に謝れ!何だ、あのプレーは!」ですよ。先輩の選手でしたから、その瞬間「とんでもないです!」と言いましたが、勝った試合であってもプロとして反省すべきプレーは叱るのを見て驚愕しました。
僕らピッチャーに対しても「打たれたならまだ分かる」。バッターに粘られた上でのフォアボールは「もういいぞ、代われ」。でも、逃げてフォアボールを出すと無茶苦茶に怒る。マウンドまで来て怒られて、「ストライクも入らん者は、ピッチャーなんかやめちまえ!」です。そこまで言われると、「フォアボールを出さなければ良いのだろう!」とこっちもムキになって投げて、結果的に抑えられる。そうしてベンチに戻ると「やればできるだろう!」と……(笑)。
藤平:広岡さんの叱咤激励に反発した選手も多いと聞きますが、工藤さんは「なにくそ!」と力を発揮したわけですね(笑)。
工藤:広岡さんは叱咤激励だけではなく、選手に途方もない時間もかけていました。夜間練習にも来て、ピッチャーの方にも野手の方にも顔を出す。「この基本を覚えなければいけない」となれば、とことんまで付き合う。キャンプに入ると、大広間で夜間練習もあって、シャドーピッチングもするのですが、ベテランの先輩たちにもずっと教えている。「こいつに良くなって欲しい」という本氣を感じました。それを選手がどう捉えるのかは人それぞれだと思いますが、当時の若い選手は広岡さんの野球を信じて、付いて行ったお陰で、長くやってこられたのだと思います。
謙虚であること
藤平:工藤さんはプロ3年目で、当時の広岡監督から言い渡され、米カリフォルニア州のマイナーリーグのサンノゼ・ビーズに野球留学をされたそうですね。
実は、広岡さんのご紹介で、私は3年間に亘ってロサンゼルス・ドジャースのマイナーリーグでトップ・プロスペクツ(若手最有望選手)に氣の指導をしました。マイナーリーグの現場に触れる貴重な機会でした。厳しい生存競争であると同時に、フェアな環境であったのが印象的でした。選手たちは皆、本当に朝早くからトレーニングをしていて、公式練習が始まる時間には一通りのことを終えていました。
工藤:日が昇る前から練習が始まって昼過ぎに終わるので、結果的に、トータルの練習時間は日本と変わらないのですが、彼らの「向上したい」という意欲は半端ありません。
藤平:氣のトレーニングも、最初こそ「何をやらされるのだろうか」という不安があったようですが、ひとたび向上に役立つと分かると、それはもう真摯に学んでいました。
工藤:向上できるならば「もっと知りたい!」となりますよね。日本は「もうこれぐらいで……」ですから、その辺りはずいぶん違います。彼らは「知らないことを知りたい」という探究心が強い。日本の選手は「そんなこと知らなくたって野球できるよ」という感じで、野球に謙虚じゃないのです。知らないことも、できないこともたくさんあるのに、平気で「僕はこれで生きていきます」と一年目の子が言いますから。
藤平:そうなるのは、育つ環境に原因がありそうですね。
工藤:小学校、中学校、高校とその地区でヒーローですから。ドラフトでもスカウトの人達に「すごい!」とおだてられて「俺ってそんな力があるのか」と勘違いする。社会人教育もされず、目上の人との話し方も知らずにキャンプに入ってきます。
広岡さんからみたら、僕こそ、その筆頭だったかもしれませんが(笑)。
藤平:ドジャースのトップ・プロスペクツの一人に契約金が数億円の選手もいました。しかし、球団は他の選手と分け隔てなく育成し、選手本人も学ぶことに謙虚でした。選手の中には、とても裕福な家庭で育った子もいれば、そうでない子もいましたが、みな同じ環境で生き残りをかけ、切磋琢磨していました。
工藤:様々な国籍や人種が集まるわけですから、チームとして心を一つにできるかも選手の大事な評価項目なのです。野球がいくら上手でも、傲慢な態度は許されません。そして何よりも、「夢を叶える」ことに本氣だからこそ、謙虚なのだと思います。
僕がアリゾナでトレーニングしていたときに、日系の学生と出会いました。その子は体格差があってレギュラーになれず、なんと自主留年までして身体を強化し、挑戦していました。夢を叶えるために、そういった選択や決断ができる心の強さ、あるいはそういった環境があることに驚きました。
藤平:10代で自分の生きる道を決断できることは、すごいことですね。
工藤:アメリカにも課題がある前提でお話ししますが、多くの学生は勉強も野球も一番を目指し、勉強ができないと野球をさせてもらえません。「スポーツさえやっていたら良い」という考えではなくて、勉強ができた上でのスポーツです。
しかも、勉強で単位が取れても、運動のレベルが低いと野球をやらせてもらえない。では、その子はどうするかというと、単位が取れた後、野球部に入る体力を付ける為の施設に通ってトレーニングして、「ここまで出来るようになりました。入れて下さい」と言って、ようやく野球ができます。
藤平:なるほど、学生時代から「勉強する」下地がつくられているわけですね。そういえば、ドジャースではコーチ陣も向上心が強く、氣のトレーニングでも、そのうち選手よりも前で学ぶようになっていました。
工藤:コーチだって勉強が必要ですから。アメリカで良く言われたのは、「見ているコーチが良いコーチ」。ただし、これは教えないということではなくて、「見る」ことが何より大事ということです。選手に何か変化があった時や、選手が「困りました。ちょっと見て下さい」と来たときに、ちゃんと対応できるように常に備えておきなさい、ということなのです。
アメリカのマイナーリーグに身を置き、こういったことを肌で感じる機会を得たお陰で、今の自分があると思っています。
藤平:様々なご経験を経て、工藤さんが選手に求める「最も重要なもの」は何ですか。
工藤:我慢強いかどうかです。やってくれさえすれば、選手のスキルや能力は絶対に上げられます。続ける我慢強さ、耐えられる忍耐力があるかどうか。そこが揺れている選手は、育成するにあたって一年、二年、下手したら三年は待ちます。
藤平:プロの選手であっても、忍耐力があるとは限らないのですね。
工藤:そうですね。プロに入りたては総ての考えがまだアマチュアです。自分がやってきた野球なので「分かっているつもり」になっていますが、実際には動けない。
だから、監督として広岡さんがされて来た基本が正しいと合点がいくのです。
藤平:そういえば、広岡監督の時代に、ピッチャーライナーを捕球する練習で、かなり近い距離で行っていたという話を聞いたことがあります。
工藤:近いなんてものじゃないですよ(笑)。10メートルくらいから打ちます。キャッチャーマスクをつけて、手袋や軍手、剣道の籠手もつけ、その上からアメフトのレガースです。ボールが来て、「怖い!」と避けると、レガースは前しか防げないので、かえって当たるのです。前を向いて取れば痛くない。ただ手が痛いだけ。
藤平:この特訓を受けた選手は、最後には「殺すなら殺せ!」と捨て身になって、無意識で対応できるようになるそうですね。
工藤:ただ速い打球を捕るだけではなく、精神修行の側面もあったのかもしれませんね。実際、覚悟は鍛えられました。広岡さんは、そういうものがプロには必要だと考えていたのでしょう。一つ一つのことを、心を決めて行う。
「プロとは何か」という問いを、僕は広岡さんにずっと言われてきたように思います。
藤平:広岡さんはよく「当たり前のことを当たり前にこなすのがプロ」とも言われていて、最近の試合の守備をみて「下手くそだから、ファインプレーに見える」と怒っています。
工藤:「あんなのは普通に捕れ!」でしょう(笑)。ああ、当時のことをいろいろ鮮明に思い出して来ました……。
藤平:次号の後編では、工藤さんご自身のことをお尋ねしたいと思います。
『心身統一合氣道会 会報』(第41号/2022年10月発行)に掲載
「プロとは何か」という問いを、僕は広岡さんにずっと言われてきたように思います。
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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。