特別対談

小西浩文様にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

小西浩文 様

登山家


世界の八千メートル峰のうち6座で無酸素登頂を達成した登山家、小西浩文様のお話をお聞きしました。

危険を察知する本能

藤平信一会長(以下、藤平):小西さんとは前回、2013年に会報誌(第4号)で対談させて頂きました。ちょうど初段に合格されたタイミングで、それから8年、さらに稽古を続けて本年3月には三段に合格されました。おめでとうございます。

小西浩文様(以下、小西):ありがとうございます。

藤平:初段からの8年間の稽古で何を得られましたか。

小西:たくさんありますが、ひと言で表せば「楽になった」ことです。

藤平:「楽」ですか。

小西:そうです。考え方、生き方、色々なものが楽になったのです。これが一番大きいのではないかと思います。

藤平:奥行きのあるお話で、後ほど詳しくお尋ねしたいと思います。まずは小西さんの専門分野の一つである「危険の察知と回避」についてお聞きしたいと思います。
 これまでの登山のご経験から、小西さんは「危険をいかに察知して回避するか」をテレビ番組などで解説なさっています。危険はいきなり生じるのではなく、必ず予兆があり、それをキャッチすることが大事だと言われていますね。

小西:「氣」の専門家である会長に、私が申し上げるのも恐縮ですが…(笑)。
 人間には右脳と左脳があり、右脳は感性、左脳は知性というカテゴリーとされています。危険を感じる力は、本来はどの動物にも備わっていて、私たち人間にも間違い無く備わっている能力なのです。しかし、人間は脳が極度に発達していて、それが故に時と場合によっては妨げになる。例えば「利害」「損得」「欲得」などがそうです。あるいは、「常識」「環境」「教育」「習慣」の影響も受けています。ゆえに、ここ一番の判断においても、本能ではなく、すでに自分の中にある固定概念で判断してしまうのです。

藤平:それらが予兆の察知を邪魔しているわけですね。

小西:例えば、人をみるときも、「一流大学を出ているから、頭が良いだろう」「一流企業に勤めているから、変なことはしないだろう」となりやすいですね。心身統一合氣道の稽古でいえば、相手が発している「氣」をみますが、それとは真逆のことをしているわけです。相手をみれば、まずは自分に対して危険があるかどうか、次に「好き」「嫌い」、「信頼できる」「信頼できないか」が分かります。

藤平:小さいお子さんがいるお母様が「自分の子供にとって危険な人かどうか」を鋭敏に感じ取るのと一緒でしょうか。

小西:同じです。この能力は生き物の生存本能です。動物は見かけでは判断しません。極端な例ですが、海外で潜入している工作員がもっとも警戒するのが「人間の子ども」と「飼い犬」だと言われています。どれだけ変装しても、どれだけ自己洗脳してなりきっていても、心の奥底には「敵地にいる」という警戒心があり、それが見抜かれるのです。

藤平:人間の大人は姿形や肩書きでみるので見抜けないのですね。日本では、警察官の制服を着用している人をみると無条件で信用する人が多いですが、もしかすると変装かも知れないですね。

小西:だから、子どもが嫌って近寄らない大人、飼い犬がやたら吠える大人には、用心が必要なのです。その人の「暗(あん)」の部分を子どもと犬は敏感に感じ取っていて、「明」を装っている「暗」にも近づかないのです。

藤平:八千メートルの山々のデスゾーンを進むには、そういった本能が発揮されているわけですね。

小西:それがなければ、命が100個あっても足りません。

「氣が切れる」ことの恐ろしさ

藤平:小西さんと一緒に山を登った際、最初に言われたことが深く心に残っています。登山とは「山に登る」と書くけれども、本来は「登って、下りてくること」で、登ることだけを目的にしてしまうと、登った瞬間に氣が切れてしまう。当たり前のことですが忘れやすく、人生に通じる話ですね。

小西:下山の方がよりリスクが高いのですから尚さらでしょう。何かを達成することを目的にしてしまうと、達成した瞬間に氣が切れてしまいます。

藤平:八千メートル級の山を登っていて、頂上がもうすぐなのに、「これ以上、進んだらいけない」という予兆をキャッチするのは難しくありませんか。

小西:至難の業です。行って帰ってくるのにまだ数時間かかるわけですから、安全圏の最終キャンプに戻るまでの時間を計算しなければいけない。そこまで天候が持つかどうか。山のコンディションはどうか。雪が深いとか、難易度の高い岩場があるとか、余分に時間がかかりそうだという計算も必要です。そして、自分達のコンディションがどこまで良いかもあります。何よりも重要なのは、パートナーがいる場合は、「ラック」があるかどうかです。

藤平:幸運ということですか。

小西:はい。運があるかどうかです。目しか出ていない帽子をかぶっていてサングラスを掛けていますから、顔の表情は全く見えませんが、気配で分かります。「何となく薄く見える」としたら、その段階で戻るしかありません。

藤平:状況の分析とは、完全に別次元の話ですね。

小西:「天候」だとか「時間」だとか、あるいは「雪の深さ」や「難易度」、自分達のコンディションは自分で分かりますから、分析は当然必要です。それでも、最後は「運があるか」の要素がもっとも重要で、これだけは理屈では分かりません。

藤平:極限状態によって感覚が研ぎ澄まされて分かるわけですね。それは大自然との繋がりによって「感じる」ものですか。

小西:そうですね。大袈裟に言えば、地球と繋がっているかです。ヒマラヤから帰ってくると、日本の山でトレーニングしている時に、草木が生い茂る樹林帯で5メートル先の視界もないところでも、人の気配を感じて、実際に数分後に人が歩いてくることがあります。

藤平:日常に戻られた後も、そういった感覚は持続するものですか。

小西:だんだんと感覚は緩んでいきますね。

藤平:そうして、また極限の山に戻られるわけですが、緩んだ感覚はどのように戻っていくものなのでしょうか。

小西:自分が次に登りたい山はだいたい分かっているわけですから、それが来年のことであっても、一つの山が終わった瞬間から既にスタートしています。例えば、ベースキャンプに戻った段階から、実際には次の準備が始まっています。だから、日常に戻って緩んでいったとしても、必要に応じて感覚はすぐに戻っていきます。

藤平:なるほど、氣が切れてしまったら、戻れないということですね。

小西:「氣が切れる」というのは恐ろしいことです。入山前にカトマンズ(ネパール)やイスラマバード(パキスタン)の辺りの安い屋台で何かを食べて、腹を下しても重篤にはならなかったのに、下山後にバンコク(タイ)でシーフードを食べたらひどい下痢が始まって、成田の検疫で「赤痢です」と。6人中4人がそのまま病院直行となったこともあります。一度、氣が切れると何もかもが駄目になってしまいます。

真に隙のない状態とは

藤平:新型コロナウイルスにおける予兆についてもお聞きしたいと思います。「コロナに絶対にかからない」という人は存在しないので、「絶対」の話はできませんが、それでも危険である以上、何らかの予兆はあるのではないでしょうか。

小西:そうですね。昨年、私の知人の経営者がある飲み会に参加しました。一次会は20人。二次会はどうしても氣が進まなくて行くのを止めたそうです。その二次会のお店でクラスターが発生して、15人中10人がコロナに感染してしまいました。決して「コロナになったから悪い」という話ではありませんが、危険を回避するという観点では予兆をキャッチすることが重要です。「氣が進まない」と感じたことこそが予兆で、それは頭で考えた結果ではなく、本能的に感じたものだからです。

藤平:こういった場面では「もっと楽しみたい」とか「人間関係で仕方なく」という思いが働くでしょうから、本能的な感覚を無視しそうですね。

小西:昔からよく「守護神」とか「守護霊」と言われますが、私たちは大いなるものに守られています。人によって、文化によって、それを「神」と呼ぶのか「宇宙」と呼ぶのかは様々ですが、孤軍奮闘には限界があると思うのです。だから、自分の頭だけで判断していては、予兆を察知するのは難しいのです。

藤平:「天地を相手にする」ということですね。心身統一合氣道の稽古の目的そのものです。

小西:人間というものは、順風満帆の時は、なかなか進んで稽古しようとしません。困難に直面して、いざ苦しくなってメンタルが悪くなってしまったら、何が助けてくれるかというと稽古しかありません。中国には「百年兵を養うは、一日これを用いんがためなり」という格言があります。現代においても、今この瞬間の困難を乗り越えていくために、日々の稽古での積み重ねが大切なのだと私は思います。

藤平:その思いがあるからこそ、初段から三段までの道のりがあったのですね。冒頭で、小西さんは稽古によって「楽になった」と言われました。詳しく教えて頂けますか。

小西:登山では隙があれば命に関わります。だから、私は隙を見せないような生き方をして来ました。しかし、稽古で理解が深まるうちに、真に隙のない状態とは、自分の心に敵を作らないことだと気がつきました。「敵を作らない」ことこそ無敵であり、リラックスした状態で常にプラスの氣を発して、どんな人に対しても親切にするから敵をつくらない。

藤平:無敵とは、一番の強さを求めることではないということですね。

小西:それが分かって、心も身体も圧倒的に楽になったのです。生き方そのものが楽になりました。誰に対しても親切にしていれば、「運」は人が運んで来ますから、自ずと幸運にも恵まれます。

藤平:人を傷つけたり、心ない態度を取ったりすれば、その分だけトラブルも近づいてきますね。

小西:悪いことをする方も、人の子なので良心の呵責があります。だから、悪いことをする動機が欲しい。「態度が悪いからやってやろう」とか「生意気だからやってやろう」と。勿論、悪意だけで悪事を働く人もいるでしょうが、「この人には悪いことはできないな」というのが、隙がない人だと学びました。結局、誰からも好かれる。誰からも信頼されている、そういう人はなかなか裏切れないです。

藤平:私が申し上げるのも甚だ失礼ですが、小西さんは益々素敵な笑顔になられたのではないでしょうか。人を温かく包み込むような雰囲気があります。

小西:ありがとうございます。
 人間が偉大な力を発揮するには、怒鳴ったり、腹を立てたり、怒ったり、イライラしたり、声を荒らげたり、そんな人には神様が鍵を掛けていると思うのです。一定以上の人格になると鍵を開けてくれる。それができていない人の鍵を開けると何をするか分からないから(笑)。これからも心身統一合氣道の稽古を通じて日々磨いていきたいと思います。

藤平:本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(36号/2021年7月発行)に掲載

今この瞬間の困難を乗り越えていくために、日々の稽古での積み重ねが大切なのだと私は思います。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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