特別対談

菅原哲朗先生にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

菅原哲朗 先生

弁護士、日本スポーツ法学会 元会長
キーストーン法律事務所 パートナー代表
心身統一合氣道7段

 


東京都立大学合氣道部の初代主将で、スポーツ法を専門とする弁護士の菅原哲朗先生にお話を伺いました。

藤平光一先生との出会い

藤平信一会長(以下、藤平):菅原先生は50年以上、合氣道の稽古をされていますね。

菅原哲朗先生(以下、菅原):そうですね。1964年の東京オリンピック当時、私は高校1年生で、部活動で柔道をしていました。NHK大河ドラマ「いだてん」の金栗四三氏が教えていた高校だったので、柔道部から聖火ランナーも出ました。ところが、そのオリンピックでは日本の柔道がアントン・ヘーシンクに敗れてしまった。そこで、新しい日本の武道を探し始めました。その後、大学1年の時に合氣道を始めることになりました。

藤平:藤平光一先生との出会いはその頃ですね。

菅原:最初に会ったのは、私が18歳の時です。ハワイの指導から戻られた藤平光一先生が道場で指導されていました。そのときは、確か「片手片足の統一」をやってみせていました。稽古の休み時間にトイレに行ったとき、たまたま先生がおられて、ニコニコしながら「合氣道は楽しいかね?」と突然、私に声を掛けたのです。これに私は驚いてしまったのです。先生はアメリカという見知らぬ土地で武道を教えてきたからこそ、見知らぬ者と会った時は必ず自分から声を掛けて誰何(すいか)する。これこそ真の「武道」だと感動しました。

藤平:「常に氣が通う状態にしておく」ということですね。その後、東京都立大学合氣道部を創部するわけですが、どのようなきっかけだったのでしょうか。

菅原:もっと上達するために、集中的に稽古したいと思いました。まだ5級でしたが、本格的に稽古するために大学に合氣道部を創ろうということになり当時、自由が丘(東京)で指導されていた故・田村巖師範に相談しました。私が20歳、田村師範は30歳でした。田村師範はすぐに快諾して下さり、仲間3人で合氣道部ができました。

藤平:昨年(2018年)、本会を代表して私が首都大学東京(東京都立大学)体育会合氣道部50周年記念祝賀会にお招き頂きました。その始まりは半世紀前のこの出来事だったのですね。

菅原:そう、もう半世紀も前のことです。私も70歳になりました。

藤平:直接の先生であった田村師範はどのような印象でしたか。

菅原:肉体派で「豆タンク(戦車)」のような方でした。当時、流行っていた俳優の勝新太郎さんの映画に出てくる喧嘩にめっぽう強い人、という印象でした。夏合宿では稽古以外に、腕立て伏せ400回、腹筋200回といった筋力トレーニングを学生にやらせるのですが、自分も同じ様にやる。年齢が10歳しか違わないから、体力に相当な自信があったのでしょう。それがあるとき突然、「心のことが重要だ」と言い出して、「氣」について教えて下さる様になりました。鳩が豆鉄砲を食ったようでした(笑)。

藤平:その後、菅原先生は一九会の禊修行もして、合氣道部で充実した学生生活を送りながら、法律の世界を目指すことになります。

菅原:はじめは弁護士ではなく合氣道の師範を目指そうと思っていました。卒業後も合宿には必ず参加して、藤平光一先生から直に指導頂いていました。先生は常に事実を示して教えて下さるので、道場の外で活かせることが多かったですね。
私が好きな藤平光一先生の言葉は「心の中がグーなら身体もグーである。心の中がパーなら身体もパーである。心身は一如だから必ず分かる」です。なるほど、人がしゃべっている言葉というのも心の状態を反映している。隠そうと思っても身体の状態に表れています。

「争わざるの理」

藤平:法律の世界で活かせることもありますか。

菅原:私は「法廷闘争は合法的な格闘技だ」と思っています。裁判というルールの中で、証拠に基づいてYESかNOで決めて行く。裁判官も証拠がないものは一切認めない。主張の中で証拠を整理することによって裁判は勝てるものです。
言ってみれば、ボクサーが相手をノックアウトするのと同じで、心身統一合氣道とは、性質が異なるものだと私は思っています。

藤平:心身統一合氣道には試合がありませんので、たしかに裁判とは違いますね。

菅原:だから、裁判にならないように解決をはかることが重要なのです。もっとも弁護士にとって裁判をたくさんする方が、実入りが良いわけですが(笑)。
「権利」というのは自分の主張と相手の主張のぶつかり合いですから、100%正しい時も100%間違っている時も争いは発生しません。どちらが正しく、どちらが間違いか、五分五分のときに争いが発生します。
心身統一合氣道の大原則である「争わざるの理」が大切で、争いにしないことが一番なのです。

藤平:なるほど。つまり裁判において活きるというよりも、争いにしないことに活きるわけですね。それでも戦う必要が生じたら、裁判という手段を用いるということですね。

菅原:そういうことです。そこで、心身統一合氣道で学んだ事実に基づいて、スポーツにおける危機管理や紛争解決の6原則というものをまとめました。皆さんにも是非お読み頂きたいと思います(後述)。

藤平:弁護士というお仕事は「裁判をすること」だという先入観がありました。菅原先生とは長いお付き合いですが、こうして対談させて頂いて初めて理解しました。

菅原:私は26歳で弁護士になりました。若造であっても「先生」と呼ばれて法律相談を受けるわけですが、経験未熟なので不安に陥るときがあります。そんな時に藤平光一先生のことを思い浮かべて、「先生だったら、こんなときにどう考えるかな」と考えたものです。先生が自分にとって一つの尺度になる。すると、相手がどんなに偉い人であっても、どんなに難しい案件であっても動じなくなる。合氣道を稽古していて、本当に良かったと感じるのはそこです。

藤平:日々の生活において、争いを予防する方法は何でしょうか。

菅原:具体的なことをいえば契約書ですね。日常の人間関係では通常、「信頼関係があれば契約書などなくても良いじゃないか」と考えるものです。約束が確実に守られるならば書かなくても良いわけですが、守られない可能性があるから必要なのです。日本と欧米では契約に対する考え方が違っていて、契約書の厚さも随分違います。日本人は性善説に基づいて考えることが多く、最低限の約束を交わしておいて、それで上手く行かなければ後から補充しようと考えます。欧米ではあらゆることを全部書かなければいけない。契約に記載しないということは、それを許している意味になるので、徹底的にやるわけです。

藤平:なるほど、契約書が争いの抑止になるわけですね。そこを疎かにするから、争いになるのでしょうか。

菅原:契約書を書く時には必ず自分の権利を主張します。ただし公平に「相手にとっても利益がありますよ」と書き、双方の利益が合致して契約が成立します。ひとたび合意した契約を破ったら、違約金を払うという形で不利益つまり罰則が発生します。「アメとムチ」で不要な争いを抑止することになるのです。

藤平:それでも、契約において事実を隠したり、嘘をついたりする相手もいるわけですね。そういった人たちをどのように見分けるのでしょうか。

菅原:ハッキリ分かるわけではありませんが、違和感があるものです。それはちょっとした言葉や態度に表れています。

藤平:そういうときはどうされるのですか。

菅原:ひょっとしたら相手が約束を破るかもしれないので、それに対する担保を取ります。相手が約束を破った時にも大丈夫な様にしておく。つまり、その時点で、発想の転換をするわけです。毎回、相手が裏切るかもしれないと思っていたら契約など出来ませんし、相手のいうことを性善説で捉えていたら裏切られたときに大変です。大事なのは違和感として氣がつくことです。

藤平:まさに「氣」の話ですね。

菅原:事件や事故が起こる時や、問題が発生する時というのは、予兆があるのです。大事なことは、予兆があったときに対策を立てること。それを多くの人は「まあ、いいや」と見過ごします。違和感を持った瞬間に、然るべき対策を取ることが重要なのは、合氣道の稽古で学びました。

藤平:氣配を感じられるかどうかということですね。お話をお聴きして、弁護士の皆さんも「氣」のことを学ぶべきということですね。どれだけ明晰な頭脳をもって法律を駆使したとしても、感じないものはどうしようもないのですから。

菅原:そうですね。法律は常に変化していますし、知識や状況分析だけであればAI(人工知能)が取って代わることでしょう。しかし、こういったことが出来るのは、人間だからこそだと思います。

藤平:本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第29号/2019年10月発行)に掲載

 


菅原哲朗弁護士によるスポーツリスクマネジメントの要点

スポーツや稽古で、事故怪我をしない、させないことが大切です。(注)

予防法学としての法律用語は「安全配慮義務」を尽くすと言います。
つまり、スポーツ活動とかかわりをもつ施設・用具、方法、人について安全指導・安全管理を十分に尽くすことが重要です。この安全に関する環境づくりは、選手の自己管理も含めて、つねに配慮することが大切です。

■安全確保のための6つの指針
①子供にスポーツルールを守ることを教えよう。(安全指導)
②絶対に子供にケガをさせない心構えをもった活動計画の立案と実行をしよう。(安全管理)
③危険を感じたらすぐに安全対策に立ち上がろう。
④最悪を想定し、活動の中止を恐れない。
⑤地域の実情に応じた安全指導マニュアルを創り上げよう。
⑥保険に加入しよう。

発生前の危機管理として、いかに事件や事故に巻き込まれないか。スポ-ツ人の能力として、危機予知能力・危機回避能力を身につける必要があります。
もし事故が生じてしまった場合、発生時のリスクコントロ-ルとして、まずは事故・事件の被害が拡大することを防止しリスクの除去と軽減(例えば、応急措置・救急医療を施す)を目標にします。

(注)
事故とは、そもそも社会の仕組みの中で安全な営みを阻害する予期せぬ突発的な出来事・事件であり、人為的・偶発的という異常事態の結果、人や物に損害を発生させることである。したがって、スポ-ツ活動をなす過程において突然に発生する異常な事態をスポ-ツ事故という。

 
 

大事なことは、予兆があったときに対策を立てること。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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