特別対談

松本貴志様にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

松本貴志 様

株式会社マツモトキヨシホールディングス 常務取締役、営業統括本部 本部長
株式会社マツモトキヨシ 専務取締役


ドラッグストアチェーンの「マツモトキヨシ」創業家で、取締役を務める松本貴志様に、心身統一合氣道の学びの仕事における活用についてお話をお聞きしました。

「導く」ということ

藤平信一会長(以下、藤平):心身統一合氣道を最初に学ばれたのは、栃木県にある本部宿泊研修施設でのマツモトキヨシの幹部研修でしたね。

松本貴志様(以下、松本):そうでしたね。経営コンサルタントの青井博幸さん(会報誌第8号特別対談に登場)から、「心の状態は身体の状態に大きな影響を与えている。それを幹部の皆さんに伝えられるすごく良いものがありますよ」と研修の導入を勧められたのがきっかけです。研修では「折れない腕」や「竹斬りの行」などを体験し、「心の力とはこういうことだったのか!」と感銘を受けました。参加した幹部社員からも、研修後に「無理に売ることではなく、お客様が買いたくなるように導くことを学んだ」という声が出て、とても印象的でした。

藤平:その後、青井さんとご一緒に、道場の稽古にも参加されるようになりました。企業経営は生き残りをかけた厳しい戦いの連続だと思いますが、その中で「心」のことに目を向けて来られたわけですね。稽古での学びを仕事にどのように取り入れていらっしゃいますか。

松本:あらゆるところに取り入れています。僕自身が非常に大きな変化を感じています。
 マツモトキヨシは85年続いている会社です。祖父、父、そして現在は兄と私と続いています。様々な経験や考え方を持つ昔からの社員がいる中で、改革を進めていかないといけません。以前の僕であれば、それまで学んで来たビジネスの考えに基づき論理を突きつけて、「こうして下さい!」と命令してぶつかっていましたが、心身統一合氣道の稽古を始めてからは「導く」ということを意識するようになりました。
 相手とぶつかる時には「何故ぶつかっているのか?相手はどこに行きたいのか?」と考えられるようになったのです。心身統一合氣道の技の稽古と同じで、自分の行きたいところに強引に進むだけでは、本当の意味で相手を動かすことは出来ません。「この人はこっちに行きたがっているから、それを尊重して行き先を変えよう」と導けることが少しずつ増えていきました。以前であれば、自分と意見が違う人間は「障壁」だと思っていたので、共に歩むようになってからはストレスが少なくなりました(笑)。

藤平:それは素晴らしいことです(笑)。

松本:心身統一合氣道に出会ってから始めた仕事の一つに、PB(プライベートブランド)商品開発があります。新しいことを始めるには、過去の仕事を否定する形になってしまうことがあります。既成概念や固定概念がある中で、それらを否定するのではなく、新しい方向に導くのにもとても役立ちました。心身統一合氣道の稽古を始めて5年経ち、少しずつ成果が現れてきています。

 その一つがトイレットペーパーです。始めは「お客様が持ち帰るのに恥ずかしいというので、パッケージを変えたら良いのでは?」という社員の発想でした。仕入れ先のバイヤーからは「そんなの売れる訳がない」と言われていましたし、結果として大ヒットしたという訳ではないのですが、「今までに無い発想」が評価されて世界的なデザインや広告のコンテスト「ペントアワード2017」のボディ部門でプラチナ賞、「クリオ賞」のパッケージ部門で銀賞、「D&AD2018」の最高賞など5つ受賞することができました。これは心身統一合氣道で「導く」ことを学んでいなければ、なし得なかったことだと思います。

藤平:なるほど。社員の意見を取り入れた結果だったのですね。

松本:社員も結果が出ることは幸せなことなので、その後も次から次へと社員から商品の発想が出されて、自分でもすごいサイクルだと思います。

藤平:世界で勝負する企業は、トップダウンによって力で動かすという組織から、多様な価値観を尊重し、一人一人が持つ能力を最大限に発揮させる組織に変わりつつありますね。

松本:そこに「導く」という考え方が活きるのだと思います。一人のカリスマ経営者が全てを決めるのではなく、長い歴史の中で、先輩も後輩もいて、様々な考えを大切にしながら、智恵を結集することで力を発揮することが出来ます。

「良さ」を探して、その部分は伸ばす

藤平:先代、あるいは先々代から続く「ブランド」を変えていくには大変なエネルギーが要ると思います。どんなことを心掛けてこられましたか。

松本:自分の会社の中にある「良さ」を探して、その部分は伸ばす。その上でどうブランディングするか。歴史の中でお客さんが評価して下さった部分、「マツキヨってこうだよね」と感じているところを、今度は時代に合った形で伸ばしていくことを社員に語り続けています。「今の世の中はこうかもしれない。今のお客様はこうかもしれない。だから、ちょっとやってみようよ」と導いているのです。

藤平:そこには「対話」があるわけですね。

松本:そうです。対話は最も大事なプロセスだと思います。対話をせずに反対意見を排除すると、結果として別の形で足を引っ張られ、つまずくことになります。心身統一合氣道の稽古における「一体になる」という感覚は会社でもあるのだなと実感しています。

藤平:いつもたいへんお忙しいなかで稽古に来られていて、最近は海外の出張も多いですね。そのような状態でどうやって時間を作り出しておられるのでしょうか

松本:基本的には「本当にやりたい」ことは、周囲に宣言するようにしています。例えば、今は「英会話をやりたい」と宣言しています。隠れてコソコソやるよりも良い形で皆が協力してくれますし、時間を作るアイディアをくれます。「結果が出ないと恥ずかしい」という氣持ちもありますが、やはり素直に言った方が良いなと(笑)。

藤平:私もそうしています(笑)。宣言することで「氣」が通りますね。

松本:はい。これは仕事でも同じことで、周囲にやりたいことをきちんと伝えると、自分では知らないところで「氣」が通って、違う分野からも手を貸して頂けることもあります。

藤平:「氣は出せば入ってくる」ということですね。

松本:正にそういうことです。ポジティブな氣は出した方が絶対に良いと思います。社内の雰囲氣にも影響を与えますから。

日常に活かす

藤平:心身統一合氣道の稽古で学ばれたことで、ご自身の課題となさっていることはありますか。

松本:いざというときに力を発揮することです。
 アスリートの皆さんにとって勿論重要だと思いますが、仕事においても同じことだと思います。重要なプレゼンで、練習ではできていたのに本番では真っ白になってしまったことがあります。稽古で学んだことがなければ単なる失敗で終わってしまうところが、「ああ、だから自分は上がったのだな」と原因が分かります。これはすごいことです。
 道場に来る度に自分が世の中で生きていく上で重要な「氣づき」がたくさんあります。生き方に照らし合わせることができます。

藤平:藤平光一先生はよく「ただ稽古するだけでは意味がない」と言いました。毎日稽古していたとしても、「日常に活かす」という視点がないと、ただ身体を動かすだけの運動になってしまいます。反対に、稽古に来られる機会が限られていても、日常に活かすという意識があれば、日常が総て稽古になります。365日24時間稽古となるのです。

松本:なるほど、仕事で道場に来られないときも、「いま出来ていないのは、あの時の道場で得た感覚と同じだな」と氣づくことがあります。スポーツであれば、そのスポーツをやっていなければ「練習」とみなされることはあまりありませんが、心身統一合氣道は会社にいるときも、道を歩いているときも、車を運転しているときも、学び続けられることが特長ではないでしょうか。

藤平:以前、私が指導する著名なアスリートが「私たちにはシーズンオフがありますが、ビジネスパーソンにはないですから、もっと大変ですね」と言っていました(笑)。

松本:確かにそうかもしれません(笑)。

藤平:人材育成についてお尋ねしたいと思います。現在、マツモトキヨシのマーケットは世界に広がっていると思いますが、多種多様な価値観を持つ人々を相手にする人材をどのように育成なさっているのでしょうか。

松本:今、日本の物の品質やサービスの良さに世界が注目しています。しかし、日本と同じお店をそのまま現地に作っても、生活環境や趣味嗜好が異なるので上手くいきません。それぞれの国のことを良く理解し、「導いて」いくことが必要です。日本から駐在員として海外に送る人材は、現地でもまれて成長していきます。日本国内のように時間通りに物が届くとは限りませんし、現地で採用する社員は仕事観も違うため、研修しただけではこちらの指示通り動いてくれません。「転職」の考え方も違うため、主張がかみ合わないこともあります。そういった人々と信頼関係を構築していくには、よほど氣が出ていないといけません。

藤平:適性もあるのでしょうか。

松本:やはり向いている人と向かない人はいます。真面目すぎる人だと悩んでしまって動けなくなることがあるので、むしろ、あっけらかんとした明るい人、何があっても「そうきたか!では、こうしよう!」と考えられる人だと現地で上手くやれるようです。

藤平:今後の抱負をお聞かせ頂けますか。

松本:ホリプロの最高顧問の堀威夫さん(会報誌第11号特別対談に登場)のようになりたいです。ビジネスマンとしても憧れますし、道場で接する堀さんはどーんとしていて、80代でありながらとてつもなく強い。これが本当の強さなのだと思います。軸がしっかりして、大きな感覚というのでしょうか。そんな堀さんに自分も少しでも近づけたら良いなと思って稽古しています。

藤平:本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第26号/2019年1月発行)に掲載

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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