特別対談

高橋郁夫先生にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

高橋 郁夫先生

慶應義塾大学商学部 教授
慶應義塾常任理事(現在)
慶應義塾志木高等学校 校長(対談当時)


学生を取り巻く環境が変化してきている

藤平信一会長(以下、藤平):高橋先生は慶應義塾大学商学部の教授でいらして、長年に亘って慶應義塾體育會合氣道部の部長をお務め頂きました。現在は慶應義塾志木高校の校長としても学生教育に携わっていらっしゃいます。本日は教育の観点からお話を伺いたいと存じます。
 インターネットが普及したこの20年間で「学生が変わった」と指摘する方がいます。多くの場合、質の低下が言われていますが、大学の教育現場において高橋先生はどのようにお感じでしょうか。

高橋郁夫先生(以下、高橋):一般的には「学生が変わった」とよく言われるのですが、私が思うに、学生も変化しているのですが教員もまた変化しているはずです。慶應義塾には「半学半教」という精神があり、それに基づき私は大学のゼミを指導・運営しています。教育は「伝えたらそれで終わり」というものではなく、キャッチボールのようにインタラクティブなものです。毎年のように学生が入れ替わっていく中で、教員が変化せずに立ち止まっていると「学生が変わった」と感じるのではないかと思います。

藤平:教員と学生が共に変わり続けていれば、「今の学生をどの様に教育するか」という議論はあっても、「今の学生はけしからん」とはならないわけですね。その昔、古文書が見つかって、やっとのことで解読してみたら「最近の若い者はけしからん」と書かれていたそうです。いつの時代でも若者は「けしからん存在」なのかもしれません。

高橋:その一方で「自立」という意味では、世の中や親御さんの認識は大きく変わって来ていると感じています。私は高校時代、野球部に所属していたのですが、当時は親が練習試合を見に来ることはまずありませんでした。私の息子が所属していた高校の野球部や志木高校の野球部の様子を見ていると、今は親御さんが学年毎に一緒のTシャツを作って応援に来たり、練習試合の時に色々なサポートをして下さったりします。それはそれで有り難いのですが、「親子が常に一体である」度合いは昔と比べて遙かに強くなっていると感じています。そこには「良さ」と「問題」の両面があると考えています。

藤平:お子さんをそれだけ大事に出来ることは恵まれたことですが、お子さんの自立を損なう一因になっているということでしょうか。昨今では、小学生になる前くらいのお子さんでも、自分の思うようにならず駄々をこねて泣き出すと周囲の大人がすぐになだめる姿を目にします。優しく接するのは良いことですが、思い通りにならないときにどのように対処するかという「お子さんの問題」を周囲の大人が引き取ってしまっています。これでは将来、困難に直面したときに自分自身で解決する能力は育ちません。

高橋:かなり前に先輩の教授から相談を受けたのですが、ある時、ゼミで準備不足の学生がいて、その教授が「今日はもう発表しなくて良い」と発表を途中で止めさせたそうです。準備不足の学生にやり直しをさせるのはゼミでは良くあることですが、その日の夜、学生の父親からその教授に直接電話があり、「うちの息子がしょげ返ってやる氣を失っている。学校では一体どんな教育をしているのか?」と問い詰められたというのです。私が育った頃は、学校で先生に怒られた事を家に帰って親に言えば「お前、そんなことしたのか!」と、同じことでまた親から怒られました。それが分かっているので親には学校で怒られたことなど言えませんでした。

藤平:子供の問題を親が引き取ってしまっているわけですね。総じて言えば、この20年間で学生の資質が変化しているというよりも、家庭や学校、社会など、学生を取り巻く環境が変化してきているということですね。だとすれば、今の学生を否定することには全く意味がなく、どうしたら今の学生に伝わるかを考えるべきですね。

高橋:大学での私の専門はマーケティング論です。企業は消費者と取引関係があって存続していきます。消費者は常に変わっていくので、企業はそれに合わせたり、場合によっては新しいニーズを先取りしたりして商品を提案していきます。「消費者や社会環境は常に変化している」というのが大前提ですから、自分が変わらないという選択肢はあり得ません。教育も同じだと捉えています。

教えるのは優しく、正すのは厳しく

藤平:高橋先生のゼミは商学部でも最も人氣のあるゼミの一つと聞いています。同時に厳しいゼミとしても有名と聞きます(笑)。

高橋:学生によれば「エグい」ゼミだと言われているようです(笑)。それでも何か得るものがあると感じているのでしょう。エグくても「そこで自分を高めたい」という氣持ちがあって来てくれるのだと思います。

藤平:ゼミでは基本的に高橋先生が指導されるのですか。

高橋:ゼミ全体の管理はしていますが、私一人で一から十まで教えることは出来ません。ゼミには学生の熱意に応える仕組みがあり、外国から先生をお招きして講演を行ったり、企業とコラボレーションして研究成果を英語で発表したり、そういった活動が学生には魅力的に映る様です。一方で、こういう活動には「英語の学術論文を丁寧に読みこなす」「レポートを書く」など基本的な鍛錬が不可欠です。基本が出来ているから派手な取り組みも上手くこなすことが出来ます。それが分かっているので、私のゼミの学生は自分達の意思で多忙になります。エグいのは私が怖いからではありません(笑)。

藤平:「自分達の意思で多忙になる」というのが重要なのですね。時代は変わりましたが、今も怒鳴ったり手を上げたりしないと人は動かないと思っている教育者も多いようです。藤平光一先生から、「厳しさ」とはその瞬間に厳しく相手に接することではなく、最後までやり遂げさせること、そこに一切の妥協がないことだと教わりました。藤平先生は言い方や接し方こそ優しいのですが、絶対に最後までやり遂げさせます。

高橋:学生が手を抜くのを黙って見過ごすのは、私からしたらある意味で一番楽なのです。学生が中途半端な発表をしていても、何も言わないで「今度は頑張りなさい」と綺麗事で済ませれば私も早く帰れます。しかし、それをやってしまうと学生は「この先生はこの位やっておけば良いのだな」と見透かすようになります。おかしなことはハッキリおかしいと言ってあげて、解決の方法に疑問を持っている様であれば、解決のアプローチも幾つか示し、再度機会を与えて達成したら評価する、という丁寧で妥協のないやり取りが必要です。

藤平:高橋先生の厳しさも「全うさせる」ことが土台なのですね。藤平光一先生は海外で”Teach(教える)”と”Correct(正す)”の違いに触れ、「教えるのは優しく、正すのは厳しく」と説きました。「教える」ときに厳しくすると人は学ばなくなります。「正す」ときにいい加減にすると人は間違ったことをやり続けます。日本では”Teach”と”Correct”が混同されていて、両方厳しい、両方緩いということがよく見られます。

高橋:分かりやすい定義ですね。

藤平:野球の広岡達朗さんから伺った話ですが、今はプロの世界であっても「選手を褒めて注意しない人が良いコーチ」と評価されることがあるそうです。選手に嫌われたくないから、選手が明らかに間違ったことをしていても見て見ぬふりする。「選手の自主性を尊重する」という綺麗事のもとでおだてる。選手からすれば聞こえが良いことばかり言われているので「良いコーチ」となる。確かにコーチにも問題がありますが、それをよしとしている選手にも問題があるように思います。

高橋:大学では学問を教えていますから、学生は共同で論文を書き、海外の学会での発表にもチャレンジさせています。私自身も研究者として学会で発表します。いきなり完璧な論文は無理ですから、仮に書いた物をどこかの学会で発表して批判を浴びるか、あるいはどこかの学術誌に投稿して拒絶される。批判されながらより良いものにして完璧を目指すという「批判のプロセス」に耐えながら進んで行きます。「批判しない」「批判されない」という姿勢は学問の進歩を止めることであり、大学ではありえないことだと思います。

藤平:高橋先生のゼミでは挨拶や礼儀にも厳しいと聞いています。

高橋:社会に出て活躍するには、能力だけではなく挨拶や礼儀、最低限の社会常識が不可欠です。慶應義塾でいえば、「気品の泉源、智徳の模範」ということでしょうか。昔の先生は皆そうでしたが、学問に対する姿勢だけでなく人としての礼節も教えてくれました。自立に向けての教育です。ゼミの学生には人に会ったらちゃんと挨拶しなさい、別れる時には最後までお見送りしなさいと教えます。先日、ゼミのOB会で会った学生が「最後まで見送る」ことで先方から信用を得て、新たな契約が得られたと報告してくれました。それを打算的に行えば、すぐに見破られることでしょうが、人の心を動かすのはこういうところなのだと思います。

藤平:私も慶應義塾大学の一般教養の授業で心身統一合氣道を指導して20年近くになりますが、授業を履修した学生から卒業後に手紙を頂くことがあります。会社に入ってから、授業で教わった礼儀作法があらゆる場面で役に立っているようです。

高橋:心身統一合氣道で教えていることは社会に出てそのまま活きますね。大学の核であるゼミにおいても、学んだことがそこで終わってしまったら勿体ない。そこで起きている様々なことが会社に入ってあらゆる場面に応用可能なはずなのです。

縦の繋がりを得る

藤平:高橋先生は志木高校の校長を兼務されています。高校生と大学生の違いをどのようにお感じになりますか。

高橋:高校生の方が正直ですね(笑)。大学生はある程度、社会人に近づいている分、必ずしも本当に思っていることを口に出しません。その点、高校生は興味が無いと寝てしまったり、氣のない反応をしたり、子供の部分が残っています。言うことが伝わらないからといって声を荒げると殻に閉じこもるので、高校の教員には大学とは違った忍耐力が必要だと思います。一方で、ストレートな反応が返って来る分、やり甲斐があるのかもしれません。

藤平:2013年6月に志木演説会(全校生徒への講演会)で講演させて頂いたときも、学生の反応は実にストレートでした。

高橋:そうでしたね(笑)。質疑応答でいきなり手をあげて「僕を投げて下さい」と無謀なことを言った学生がいました。それでいて実際に投げられると「わぁ!」と素直に喜ぶ。これが高校生です。失礼な表現かもしれませんが、途中で学生がまったく寝ることのなかった楽しく充実した講演会でした。本当にお世話になりました。

藤平:私もやり甲斐がありました(笑)。

高橋:福沢諭吉先生の言葉に「先ず獣身を成して後に人心を養う」とあります。中学・高校など子供のうちは獣の様な身体を養う教育が非常に大事。野球選手でも中・高である程度完成してしまうとプロで大成しないと言いますが、あれと同じで、子供の頃に勉強だけして良い学校に入ったとしても、それまでと同じアプローチでは上手くいかなくなります。学問や研究に掛ける時間は膨大なので、それに耐えうる体力を養っておくことが大切です。
 また、小さいうちはスポーツや武道を体験するのも大切だと思います。生身の人間と触れる経験を通じて、その中で失敗したり怒られたりしながら、課題に取り組み・解決策を考え・訓練して・本番で実証する。成功するまでやり続ける。こういった体験は精神力を養う上で学問や研究に直結しています。心と身体のバランスが重要なのです。

藤平:心身統一合氣道会の会員は半数がお子さんです。学校では同い年のクラスメートと接していますが、道場では年齢の幅がある仲間と稽古します。年長のお子さんは年少のお子さんの面倒を見る。そんな年少のお子さんは年長のお子さんに敬意を以て接する。こういった縦の関係を学ぶことは、社会に出る上で大きく役立っているようです。

高橋:心身統一合氣道はお子さんから高齢者まで一緒に稽古ができ、その上、国際的でもありますから縦の繋がりを得る最高の環境ですね。ゼミにも学年があり、OB会との繋がりがあり、縦の繋がりを重視しています。若い世代になればなるほど同期のフラットなコミュニケーションをしたがる傾向があり、就職活動のOB訪問でも、氣が楽だからと若い先輩の話を聞きに行きたがります。実際には、なるべく年代が上の人、場合によっては定年退職したOBを訪問した方が良い話が聞けるので勿体ないです。様々な世代の人と正々堂々と腹を割ってコミュニケーションできる能力は重要です。

藤平:縦の繋がりと言えば、『動じない。』の鼎談の当日、広岡達朗さんから開始時間の最終確認の電話があり「それでは私は開始時間の15分前に参ります」と言われました。その直後に今度は王貞治さんからも電話があり、まずは広岡さんの到着時間を確認され、「それでは広岡さんが到着される15分前に参ります」と言われました。広岡さんは王さんの先輩であり、良き時代のジャイアンツ・ルールが今でもあることを知りました。鼎談の終了後も、王さんは次の予定の時間が迫っていたにも関わらず、広岡さんのお車を姿が見えなくなるまで見送りされてから出発されました。王さんならではかもしれませんが、縦の繋がりの美しさを見ました。

高橋:広岡さんも王さんも当たり前のことをされているだけでしょうが、今の時代においては美談になってしまうでしょうね。

藤平:本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第13号/2015年10月発行)に掲載

心と身体のバランスが重要なのです。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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