特別対談

谷川武先生にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

谷川武 先生

順天堂大学大学院医学研究科
公衆衛生学講座 主任教授


今回は、睡眠について研究なさっている医学博士の谷川武先生にお話を伺います。谷川先生は、本年から心身統一合氣道を始めました。

睡眠の質を改善する

藤平信一会長(以下、藤平):現代人にとって大きな悩みの一つが「睡眠」ですね。日頃、谷川先生はどのような治療やアドバイスをなさっているのでしょうか。

谷川武先生(以下、谷川):「睡眠時無呼吸症候群」について治療やアドバイスを行っています。この病気が中高年の方々に多いことは事実ですが、実は大人だけではなく、子どもにもあるのです。

藤平:子どもの「睡眠時無呼吸症候群」ですか。

谷川:そうです。子どもの睡眠時無呼吸症候群を早期に発見することで、成績を伸ばしたり、ADHD(注意欠如・多動症)と疑われることを防いだりする活動もしています。

藤平:原因はいったい何なのでしょうか。

谷川:子どもの場合、大きな原因は、「アデノイド」という喉の奥の方にあるリンパ組織が腫れることで気道が塞がることにあります。それで、睡眠時に何回も目が覚めてしまうのです。「アデノイド様顔貌」は耳鼻科の先生に昔から知られていたのですが、「アデノイドが腫れることによって睡眠時無呼吸が頻繁に起きることでボーッとした表情になる」というメカニズムは分かっていませんでした。

藤平:どのような症状が表れるのでしょうか。

谷川:起きている時は口が半開きで、寝ている時には大きないびきをかく、この二つは子どもの睡眠時無呼吸症候群を疑う際のポイントです。子どもは、何度もいびきをかき、何回も息が止まって目を覚ますのを繰り返しています。親御さんには8時間寝ているように見えても、実はほとんど寝ていないのです。そういう子どもの場合、二~四歳以降で他の子供に比べて成長が遅かったり、小学校に上がった時に落ち着きがなかったりします。そこで、子供の睡眠時無呼吸症候群を早期に発見して治療しようという取り組みを行っているのです。

藤平:なるほど、だから成績に影響するのですね。

谷川:成績との関わりで言えば、1980年代初め、アメリカの小児科の先生が、1000人規模の小学校で、成績が下から1/10の子だけを集めてきて、ある調査を行いました。アデノイド・扁桃が腫れている子を見つけて、親と本人の承諾を得た上で、手術をした子と手術をしていない子を振り分け、一年間、経過観察するというものです。その結果、手術をした子どもの成績が急上昇しました。睡眠の質を改善するだけで、勉強嫌い、あるいは勉強に向いていないと思われていた子供の成績が大きく上がる可能性が明示されたのです。

藤平:子どもの持っている力を引き出すことになるのですね。画期的な発見です。大人の睡眠時無呼吸症候群については、いかがでしょうか。

谷川:大人の場合はさらに深刻です。そもそも、いびきは「良く寝ている状態」ではなく、実は上気道が狭窄しているサインなのです。大きないびきをかいている人をよく観察してみたら、いびきをかいている前後で息が止まっているはずです。これが睡眠時の無呼吸です。そして一晩に30~40回、人によっては100回くらい息が止まっている方がおられます。6~7時間寝ているつもりでも睡眠が不足し、頭がボーッとします。

藤平:なるほど、その状態がただ「やる気がない」と見なされてしまうのですね。

谷川:20~30代の頃は睡眠時無呼吸でなくても、だんだん太り、筋力が落ちてくると睡眠時の無呼吸が起こってきます。始めは一晩に5回くらいの無呼吸が、10回、15回、20回と増え、10年、15年と経つうちに、深刻な睡眠時無呼吸症候群が出来上がってきます。
 ここで大事なことは、人間というのは、睡眠不足が起こっていても、それが慢性的になっている場合は自覚しにくいということです。例えば、徹夜で麻雀したり仕事をしたりしたら、次の日は眠たくなります。しかし、徐々に睡眠を削られた場合、眠気をあまり感じなくなるということです。

藤平:仕事上のミスが多かったり、何かをしていてフッと寝てしまったりなどは、慢性的な睡眠不足から起きている可能性があるわけですね。

谷川:そういうことです。「眠たい」と感じて寝るのは普通ですが、よくある居眠り運転の事故の場合は、ついさっきまで平気だったのに、気がついたら寝ていたということが多いのです。他にも、睡眠時無呼吸などで睡眠が慢性的に不足すると、糖尿病になりやすくなったり、高血圧を起こしたりします。

藤平:睡眠時無呼吸症候群はどのように治療するのでしょうか。

谷川:非常に良い治療法が今から約40年前に出ました。コリン・サリバン博士が発明した「CPAP」を使います。鼻にマスクをつけて、閉塞した気道を開くように空気の圧を送り込む方法です。現在では世界的に行き渡っています。軽度の方にはマウスピースが良いですよ。

藤平:マウスピースだけで良くなるのですか。

谷川:下顎を少し前に出し、それだけで相当に良くなります。ある70代の社長さんは、過去にCPAPを試しましたが、なかなか馴染めませんでした。そこでマウスピースを勧めたら、6時間以上の睡眠が取れて朝起きてスカッとする、と。こんなに良いものはないと仰っています。実はいま、私自身も自分用にマウスピースを作っているところです(笑)。

睡眠を取ることがいかに大事か

藤平:話題は変わりますが、谷川先生が「睡眠」を研究することになったきっかけを教えていただけますか。

谷川:私は親や親戚が医者ではなかったので、どんな医者になろうかと一から考えていました。医者とは「病気になった人を治す」というイメージが強いと思いますが、医学を勉強していくうちに、医者の仕事の中には「予防」があると分かったのです。

藤平:そもそも病気を起こさないように予防することも「医学」なのですね。

谷川:そうです。医師法第一条には、医師の任務が書かれています。そこに、医師は、診断と治療をして病気を治す医療だけではなく、保健指導も司る。保健指導というのは簡単に言えば予防のことで、予防を行って公衆衛生の向上に寄与する。そして、国民の健康な生活を守ることとされています。ですから、国民の健康な生活を守ることが医者の役割であって、一つには医療があり、もう一つには保健指導がある。私は予防に取り組みたいと考えました。
 次に、どのような予防が出来るかを考えました。ところが、実はこれが一番つらかった。というのも、予防に関して研究できそうなことは、たいていは先輩たちが既にやっていたからです。五年間、世の中の為になって、まだ誰も考えついていない予防の方法は何かないか、あらゆることを勉強しました。

藤平:その過程で「睡眠」に行きついたのですね。

谷川:1991年から福島第一原発の非常勤の産業医になり、交代勤務という働き方を知りました。私が赴任したところは、海が綺麗で本当に穏やかなところで、のどかにしているからストレスもありません。ところが、原子力発電所だけは毎日稼働しているので、夜も誰かが対応しないといけない。三交代勤務が当たり前で、その人たちの健康状態をよく観察して、どういう人が交代勤務に適しているか、どういう生活をすれば時差ぼけ状態が起こりにくくなるかという研究を始めたのです。そして、睡眠が深く関わっていることを知り、ハーバード大学医学部睡眠医学教室で勉強をするチャンスを得ることができました。

藤平:ハーバード大学の研究室はどのような感じでしたか。

谷川:世界中から若い学者がやってくるのですが、四年間いてやっと論文を一本書けるという世界です。しかし、自分には10ヶ月しか猶予が無い。そこで発想を変えて、折角ここにいる間に、アメリカで睡眠において何が問題になっているのかを徹底的に見てみようと思いました。睡眠学会や、睡眠に関する様々なセミナーに片っ端から参加しました。
 そうこうして知見を広めているうち、睡眠時無呼吸症候群が大きな話題になっていることに気がつきました。1999年のことで、まだ日本ではごく少数の専門家しか睡眠時無呼吸を知らない時代で、肥満の人がなる病気だから日本人には関係ないと思われていました。
 ところが、PSG検査(寝ている間に脳波や心電図・呼吸曲線などの生体活動を一晩にわたって測定する検査)を見ると、中肉中背でがっちりしている若者が、いびきをかいているのです。そして、いびきの合間に息が30~40秒止まっている状態がはっきり見えました。その時、これが睡眠時無呼吸ならば、日本人にもたくさんいるはずだと思いました。そういった経緯で、自分に何ができるかを模索しているうちに、当時、予防医学領域で誰もやっていなかった睡眠時無呼吸症候群を研究の対象にしたわけなのです。

藤平:人間は本来、どのくらいの睡眠時間が必要なのでしょうか。

谷川:身体の仕組みとして、7~8時間は取らないといけません。それなのに3~4時間の睡眠で済む人が世の中で幅をきかせると、「根性がないな、5時間も寝ているのか」となるのです。睡眠を取ることがいかに大事か、という教育をしないといけないわけですが、「寝ていない=根性がある、勤勉である」という誤った理解が今も社会にはびこっています。一昔前の「四当五落」という言葉が端的に示していますね。

藤平:最後に、谷川先生が合氣道の稽古を始められたご縁についてお伺いしたいと思います。

谷川:医学部の学生時代、「どんな医者になろうか」と考えていた時、藤平光一先生の御本を集中的に読んでいました。一度は道場に行きたいと思いながら、なかなか機会がありませんでした。我々と同じく循環器疾患の予防をご専門にされていて、長らくご一緒している保健師さんの亀井和代さんに有り難いご縁を頂きました。

藤平:谷川先生がいま、心身統一合氣道の稽古で感じることは何ですか。

谷川:一番面白いと思うのは、このような身体の使い方があったのか、ということです。例えば、つま先立ちをするだけで、身体の状態が盤石になることは本当に不思議です。呼吸動作の稽古の時、臍下の一点から動いている時と、動いたつもりになっているだけの時の違いも面白いです。自分の心と身体なのに、こんなにも知らないことがあるのかと、稽古に来る度に新しい発見があることが楽しくてたまりません。何より、「氣」という形のないものを、誰もが活用できるように体験的に伝えているのが素晴らしいと思います。これからもしっかり稽古したいと思います。

藤平:私にとっては、本日、谷川先生に教えて頂いた「睡眠」のことも同じです。自分が毎日していることなのに、こんなにも知らないことがあるのか、と思いました。
 本日は、貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第40号/2022年7月発行)に掲載

稽古に来る度に新しい発見があることが楽しくてたまりません。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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