特別対談

前野隆司先生にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

前野隆司 先生

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授


「無意識」の領域

藤平信一会長(以下、藤平):前野先生は慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント科の教授でいらして、ロボット、教育、幸福な人生など幅広い分野でシステムデザイン・マネジメント研究を行っておられます。このたび、ワニ・プラスから発行される前野先生のご著書に私との対談が掲載されることになりました。最初の質問ですが、なぜ合氣道だったのでしょうか。

前野隆司先生(以下、前野):合氣道の世界で「無意識」がどの様にとらえられているのかを知りたかったのです。実は昔、大学で「生物に学ぶデザイン」という講義をしていた時の私の教え子が心身統一合氣道を学んでいて、彼から「合氣道」や「氣」のことを聞き関心を持っていました。
 今回の本は「無意識」がテーマなのですが、各分野のエキスパートから対談相手を探すことになり、そのお一人として、この機会に心身統一合氣道の継承者である藤平信一先生にお願いしたいと思いました。

藤平:有り難うございます。「無意識」は当初からの研究テーマだったのでしょうか。

前野:私はもともとロボットやヒューマンインターフェースの研究をしていました。2002年の秋のことですが、無意識の重要性に気づき「受動意識仮説」というモデルを思いつきました。

藤平:どのような仮説なのでしょうか。

前野:「意識は無意識の決定を記憶する装置に過ぎない」というものです。人間が指を動かそうとするとき、常識的には、意識が先に「動かそう」とし、それにしたがって運動神経の指令(無意識)が出て指が動くはずです。しかし、1983年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経生理学のリベット教授の発表で、実際には運動神経の指令(無意識)は、心が「動かそう」と意図する脳の活動(意識)より0.35秒も先であることが分かりました。私の考えた「受動意識仮説」は、リベット教授の実験結果を、そのまま素直に受け入れたものです。

藤平:私たちの行動は無意識が先に決めているということですね。

前野:正にそういうことです。この仮説では「指をピースサインの形にしよう」と決め、その結果「ピースサインを出した」と思っていますが、本当は無意識が先に決めているということになります。川の上流にいるのは意識ではなく、無意識なのです。無意識がやってくれたことを、意識はあとづけで受け取って、エピソード記憶するだけなのです。

藤平:確かに、心身統一合氣道の技の稽古をするとき、いちいちどう動くかを考えたり、身体に命令したりはしていません。それをすると自由に動けなくなってしまいます。私たちは「心が身体を動かす」という原理に基づいて稽古していますが、「心」というものを「意識」としてとらえるのは誤りであり、「無意識」まで含めて心ととらえています。

前野:すると「氣」も無意識の領域のものなのでしょうか。

藤平:その通りです。氣は特別なものではなく、誰もが持っているものです。私たちはよく「氣が出ている」という表現をするのですが、それは氣が通っているという意味です。中国でいわれる「気」は、蓄電池(バッテリー)のようにとらえられることが多いのですが、私たちが伝える「氣」は溜めて消費するものではなく、常に通っているものです。氣は出せば新たな氣が入って来るのです。氣が活発に通う状態が「元氣」であり、停滞している状態が「病氣」といえます。

前野:なるほど。ただ、私は科学で実証されないことは基本的に信じませんので、「氣」も未解明の新たなエネルギーとは考えていないのです(笑)。

藤平:それは私も同じ立場です(笑)。先代の藤平光一先生は「正しいことには普遍性と再現性がある」と説いていました。誰が行っても出来る、同じ条件下であれば何度でも出来るというものでなければ、「正しい」というには不足しています。「氣が物理的に何か」という問いに私は答えを持っていません。したがって、私たちは稽古を通じて「普遍性、再現性がある」ことを体験的に実証しています。

前野:科学的には証明出来ていないけれども、「氣」という存在を仮定することで説明出来る体験や現象があり、合氣道という体系も成立するということですね。その感じはよく分かります。例えば「意識」も科学的には掴めませんが、体験的に「ある」と仮定するのが一般的になっています。その方が理解しやすい部分が多かったからです。他方で、「ない」と仮定しても「受動意識仮説」のように理屈は成り立ちます。「氣」もないと仮定しても生きていくこと自体は出来ますが、あると仮定すると、より良く生きられるのでしょう。

藤平:「氣は存在する」と捉えると、いろいろなことが良くなっていきます。そのため、各分野の最前線で活躍する方が数多く「氣」を学んでいます。

「氣が通う」とは

前野:「氣が通う」とは具体的にどのような状態を指すのですか。

藤平:例えば、握手をしてみます。同じ握手でも友好的にも敵意を持っても出来ますので、心から相手を歓迎する握手をするとします。この時の実感としては相手と一体になっていますね。この一体感があるとき「氣が通っている」と言います。同じ握手でも、敵意を持った握手だとこの一体感は得られません。このとき「氣が通っていない」わけです。

前野:なるほど。心ひとつで実感がずいぶんと異なりますね。

藤平:これが技になると、一体感とは程遠くなることがあります。呼吸動作という基本技で説明してみましょう(実際にやってみる)。初心者は相手を投げることで精一杯なので、一体になるどころか、相手とバラバラの状態になっています。「相手を投げよう」という意識は、元々一体であったものを「投げる人」と「投げられる人」という関係に変えてしまうわけです。すると、相手とぶつかってしまい、結果として相手を投げることは出来なくなります。
 一方で、相手をやさしく介助するような感覚で相手と一緒に動くと、結果として相手を投げることが出来ます。つまり、氣が通っているから、相手を尊重し、導き投げることが出来ます。

前野:「氣が通う」ことが合氣道の稽古のベースになるのですね。この考え方は人生万般に当てはまるのではないでしょうか。色々な人と戦って、人生に疲れて死んでいくのではなく、氣が通った状態で共に生きていける。

藤平:そうですね。

前野:ところで、先にお話した私の教え子は、藤平光一先生が相手に触れずに投げるのを見て入門を決めたと言っていました。これはどういうメカニズムなのでしょうか。

藤平:例えば、椅子があって誰かが座るとします。その人が腰を下ろし始めて「座れる」という確信が生じた瞬間に椅子を引くと、座ろうとしていた人は床にひっくり返ります(写真1,写真2)。

 ある意味、これも相手に触れずに投げているわけです。このときタイミングがすごく重要で、腰がどの位置に来たら椅子を引くかだけでは上手く行きません。座る人が初めから疑っていれば、腰を下ろす直前に椅子を引いても成立しませんし、「確実に座れる」と思い込んでいる場合は早い段階で椅子を引いても成立します。重要なのは、氣が動いているかどうかを感じ取ることで、それには氣が通っていなければいけません。
 こういったことがなく、遠くにいる人を触れずに倒せるとは私たちは考えていません。何より普遍性・再現性がありません(笑)。

前野:それはそうですね(笑)。心身統一合氣道では「自然な姿勢」が重要と聞きました。通常は無意識で姿勢を保っていますが、「何が自然か」がどの様にして分かるのですか。

藤平:心身統一合氣道では、「最も楽な姿勢」「最も持続する姿勢」「最も安定した姿勢」を満たす姿勢を「自然な姿勢」と定義しています。実際の安定や実感を通じて確認します。自然な姿勢は意識してつくるものではなく、周囲との関わりによって無意識に決まるものです。例えば、固い床の上に立つ姿勢と砂浜の上に立つ姿勢は微妙に違っています。大事なことは、周囲との関わりを自然に感じ取っているかどうかです。それには氣が通っていることが前提なのです。何にでも効く「万能薬」のような姿勢があるわけではありません。

前野:なるほど。自然な姿勢も無意識が決めているのですね。こうして話を伺うと、無意識がいかに重要かさらに確信が深まります。「無意識」はこれからの時代の確かなキーワードだと私は考えています。しかし、これまでの「意識」中心の考えから「無意識」を大切にする生活にシフトするのは決して簡単ではないでしょう。
 「無意識を大切にするぞ」と心がけることすらも意識の働きなのですから、発想そのものを変える必要があるのです。「受動意識仮説」を唱えている私自身も、日々の生活の中では混乱することがしばしばあります。そこで、無意識というものにどの様に深く関わるかヒントを得るために、この本では異なる分野から4人の達人に話を伺うことにしました。武道の分野で話をお聞きしたのが藤平信一先生です。
 とても充実した対談内容になりました。心から感謝しております。

藤平:こちらこそ有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第14号/2016年1月発行)に掲載

「無意識」はこれからの時代の確かなキーワードだと私は考えています。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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