特別対談

山田博様にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

山田博 様

株式会社 森へ 代表取締役


山田様は(株)リクルートを経て、2004年プロ・コーチとして独立。人が自然、大地とのつながりを思い出し、先の世代まですべての生命とともに平和に暮らす、という願いを込めて、「株式会社 森へ」を設立されました。自分、人、森との対話を通じて、自らの原点を思い出す、「森のリトリート」という取り組みを全国各地の森で開催しています。

前野隆司先生(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)の著書『無意識の整え方』で、山田様と藤平信一会長が、それぞれ前野先生と対談されました。それをご縁に、山田様は心身統一合氣道を始められました。

広い感覚

藤平信一会長(以下、藤平):『無意識の整え方』(ワニ・プラス刊)を手に取って下さった多くの会員が、山田さんと前野先生の対談に深い関心を持ったようです。山田さんのお話に心身統一合氣道に通じる「何か」を感じたのかもしれません。

山田博様(以下、山田):稽古を初めたばかりで述べるのは恐れ多いですが、心身統一合氣道が教えることは、森の中で得られる感覚に通じていると思います。

藤平:山田さんは元々、厳しいビジネスの世界で生きて来られ、その後コーチングを学びプロコーチとなって、現在は森の中でのワークショップを開催なさっています。山田さんはよく「森がすべてやってくれる」と仰っていますね。

山田:自然には信じられないほどの力があります。ぼくにとっての自然は「森」で、森に委ねると、頭で考えているだけでは分からないことが自然に紐解かれていきます。人間本来の状態に戻っていく感じですね。

藤平:心身統一合氣道の稽古では「氣が出ている」ことが重要で、実感として「広い感覚」のときは技がうまくいきます。相手を投げることに執着して「狭い感覚」になると技がうまくいきません。自然の中にいると自動的に「広い感覚」になっていますね。

山田:私の場合は「ワイドアングルビジョン」として紹介しています。

藤平:どのようなビジョンでしょうか。

山田:ネイティブアメリカンが自然とともに生きる知恵として何万年もかけて身につけたものです。10年くらい前、まだ森に入り始めた頃に、あるきっかけでネイティブアメリカンの文化に興味を持ちました。縁あってその伝統を伝える専門家と出会い、その方々からワイドアングルビジョンについて学びました。ネイティブアメリカンは自然の中で生きていくために、常に「広い感覚」を持って、食物を探す・獲物を狩る・天候を読むなどをしなければいけない。生きていくために自然に身についたものです。
 それまでの私は目の前にあることに日々追われ、とても「狭い感覚」で生きていましたので、大きな衝撃を受けました。

藤平:そのビジョンが森の中で活きたわけですね。

山田:それまでは、森の中で必死に「感じ取ろう」としていましたが、それでは駄目で、周囲と溶け合うことが大事であることが分かりました。「ワイドアングルビジョンになる」のではなく、自然体でただそこにいれば「ワイドアングルビジョンになっている」のです。

藤平:それを言葉にするのは容易ではありませんね。

山田:私の場合、最初は何が起こっているのか全く分からず、自分が得た感覚が何であったのか後から知る感じでした。人から求められて説明しているうちに徐々に言葉になって行きました。もっとも、説明しても理解されないこともありますが、説明がないと怪し過ぎてしまって(笑)。

藤平:そうかもしれません(笑)。その後、森の活動を本格化されたのでしょうか。

山田:2006年にとある森の隅に家を借りました。最初は住まいとして考えたのですが、家族がいたので通うことにしました。その家を拠点にして、毎朝早くに水とおにぎりだけ持って出て、一日中森を彷徨います。自然林で獣道しかないので、ほぼ毎日迷っていました(笑)。途中までは来た方向を覚えていますが、深い所に入ってしまうと、方向が全く分からなくなります。感覚を頼りに、何とか家まで帰ってくるということを繰り返していました。次第に感度が高まってくると、「何かが違う」「何かがおかしい」という「何か」を感じられるようになって来ます。森の中で休んでいるときも、「ここにいてはいけない」と理由も分からずに歩き始めることがあります。そのうちにひどい雷雨が来たりするわけです。

藤平:今何をすべきか。今すべきか、すべきではないのか。ビジネスを含めて、様々な判断に通じるお話ですね。

山田:そうですね。森での体験によって、そういった判断の拠り所が変わりました。それまでは理屈ばかり考えて、少しでも成功の確率が高い方を選ぶ判断をしていたのですが、「自分が感じ取るもの」を信じられる様になりました。そのうちに「自然が教えてくれている」と思うようになりました。自然は始めから私に教えてくれようとしていたけれど、自分自身を閉ざしていると、そのメッセージを受け取れないのです。

藤平:なるほど、それは外界とのつながりによって得られるものなのですね。元々、人間は天地自然の一部の存在です。そして、氣が常に交流することでつながりを持っています。しかし、その事実を忘れ自分一人の存在になってしまうと氣が滞り、天地自然とのつながりをなくしてしまいます。すると何も分からなくなってしまいます。
 心身統一合氣道の稽古も氣が交流することに土台があります。氣が出てると相手のことが良く分かり、どの様に動けば良いかは自ずと分かります。相手を投げることに執着して氣が滞ると、どの様に動けば良いか全く分からなくなります。

山田:先日の稽古ではまさにその状態でした(笑)。

「不安」と「怖れ」

藤平:山田さんは、前野先生との対談で現代人が抱える「そこはかとない不安」について触れておられました。この不安は、外界とのつながりを感じられなくなった結果、孤立無援になると生じるものですね。

山田:そうです。「不安」と「怖れ」は本来違うものです。森の中にいると、その違いが良く分かります。「自分」と「森」を心で切り分けて分離させた瞬間に不安は襲って来ます。特に、夜の森に入るとわけもなく不安なものです。でも、この不安には実体がありません。頭の中で作られたものによって身体がすくむ感じです。

藤平:我々は「実体のないもの」に不安を感じているわけですね。

山田:森に入ってみると、怖さにも段階があることが分かりました。始めは怖さを感じながらも、「早く帰りたい」「何でこんなことをしているのだ」と思いながらやせ我慢をします。それが徐々に怖さの質が変わってきて、動物的・本能的な怖さはちゃんと感じているのですが、どこか落ち着いている状態になって、まやかしの怖さが無くなって行きます。

藤平:動物的・本能的な怖さが無くなってしまったら大問題です。

山田:その怖さは本物の怖さです。さらには「畏怖の念」という言葉もありますが、この怖さは人間が持っておくべきものだと思います。そこはかとない不安というのは、自分が作り出したものです。本物の怖さしかない状況では、不安は生じません。不安という心の働きは、わざわざ自分で自分を怯えさせているだけではないかと思うのです。

藤平:一般的に「怖れ」と「不安」は混同されることが多いですね。

山田:そして本物の怖さの先には、表現し辛いのですが、本当に安心に満ちた世界があります。自然と一体となってつながりを取り戻した世界と言えば良いでしょうか。その世界では、そこはかとない不安は存在し得なくなります。

藤平:先代の藤平光一先生がアメリカで講演した際、有名な心理学者が参加され、合氣道において「不安」というものに如何に向き合うか、という質問をされました。藤平光一先生の答えはシンプルで、「不安」と「怖れ」の違いについて触れた後、この広大な天地自然において自分一人の存在だとしたら一生心が休まる瞬間はない、と答えました。自分が天地の一部の存在であることが分かれば不安は生じない、と。一方で、怖れというものは必要があって生じると説いていました。
 別の方から「それでは先生はどんなときに怖れを感じるか」という質問が出ると、「飲み過ぎて家に帰って家内が怒っているときだ」と答え、会場は大爆笑でした(笑)。

山田:その怖れは本物ですね(笑)。

天地とのつながり

山田:私は森の活動を通じて「つながりを思い出す」と言っています。全ては元々つながっているのに、生まれた時から様々な概念を学んで、段々と分離して行くのでしょう。

藤平:藤平光一先生は戦地でそれを体得したそうです。いつ命を失うか分からない状況において、それは「不安」という言葉では到底表現出来ないかもしれません。それでも、天地自然とのつながりを実感し、「天地に守られている」と感じるようになってから不安は影を潜めたそうです。その一方で、怖さは正しく感じていて、「何かおかしい」と感じて斥候(偵察隊)を出してみると、待ち伏せされていたことが何度もあったそうです。

山田:過酷な中で体得されたのですね。戦地とは程遠いですが、私もビジネスの世界で毎日生きのびるのに精一杯の環境にいました。その頃は、天地との一体感は全く感じられませんでした。天地とのつながりを取り戻せたきっかけは、長男が生まれた時です。分娩に立ち合い、まさに人間が生まれる瞬間を見ました。人間そのものがどんな姿で出てくるのか、湯氣は立っていますし、もう血だらけな訳です。ものすごい生命力、ものすごい迫力。エネルギーが爆発していて、これが我々の本来の姿だと感じました。何も持たず、何も喋れず、何も出来ず、それでも何よりも輝いている。まだ、どことも分離していない最初の状態を見たのです。そこから色々な経緯で森へ行くようになりました。天地とつながりを持っている本来の姿で、特殊能力ではない。元々そうなのですから、思い出しさえすれば良いだけです。

藤平:最後に心身統一合氣道を稽古する皆さんへのメッセージをお願いいたします。

山田:私たちは人間が作り出した社会で頑張ってきて、文明の恩恵を受けていますが、その陰では自然とのつながりを失っています。自分たちと一体のはずの自然も破壊しています。人間だけ良ければ良いという社会に進む中、そこから如何に脱却出来るか。私は、それは理屈ではなく、自然から色々教わることから始まると氣がつきました。
 私自身、最初は「自分が!自分が!」という状態で分からなかったのですが、自然とのつながりを取り戻すと、本当に自然が総て教えてくれているのだと思うようになります。自然からのメッセージをどれだけ素直に受け取れるか、この感性を磨いていくと、次の世代のもっと先まで地球で幸せに暮らせることにつながると思います。その実感なく、環境を守ることは難しい。心身統一合氣道が教える「天地と一体になる」ことを一人でも多くの方が理解すれば、世の中は必ず良い方向に進むと信じています。

藤平:山田さんのお話をお聞きして、私自身、森で過ごすプログラムに参加したくなりました。

山田:ぜひご一緒しましょう!森を応援して委ねる。委ねれば委ねるほど、うまくいく。森は何の見返りも求めず、全てを受け入れてくれます。森はそんなところです。

藤平:本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(16号/2016年7月発行)に掲載

自然とのつながりを取り戻すと、本当に自然が総て教えてくれているのだと思うようになります。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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