特別対談

青井博幸様にお話しをお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

青井博幸 様

アオイ&カンパニー株式会社 代表取締役
グロービス経営大学院 教授


平素何事にも「有り難う」

藤平信一会長(以下、藤平):青井さんは現在、グロービス経営大学院の教授として教鞭を執り、ご自身も経営コンサルタントとして活躍なさっています。現在、心身統一合氣道を熱心に稽古なさっていますが、「氣」というものに関心を持ったきっかけを教えて頂けますか。

青井博幸様(以下、青井):始めは「氣」というよりも「運」というものに関心を持っていました。大学受験で浪人をしていた時、同じ予備校に、ものすごく優秀なのになぜか二浪している人がいました。あるとき彼は、模擬試験でマークシートの回答欄を一段間違えてボロボロの点数を取って落ち込んでいました。その様子を見て私の頭に浮かんだのがこんなグラフです。

双曲線のグラフで「実力がどれだけあっても運が全くなければ成功できない」という私の仮説です。それでは「運」を磨くにはどうしたら良いかと考えて予備校をさぼり、現役で既に大学に進んでいた友人と2週間バイクでツーリングに出かけることにしました。

藤平:何ともユニークな発想ですね。それで「運」は磨けましたか。

青井:それが全く駄目でした(笑)。やはり勉強はしないといけませんが、実力がどれだけあっても「運」が無ければ成功しないことは分かりました。それ以来、どうしたら「運」が高まるか試行錯誤することになるのですが、実際にどうしたら「運」を高められるかに氣づくのに20数年の歳月がかかりました。

藤平:その間に様々な経験をされたのですね。

青井:18年前にビールの製造業を起業し、紆余曲折あって12年前から経営コンサルティングをしております。コンサルティング会社に移行するときに個人で8千万円の借金を抱えたことがありました。それをきっかけに多くの方々とのご縁を得ることになり、4年で借金の返済も済み、経営コンサルタントとなった今、お陰様で多くのクライアントに喜んで頂けるまでになりました。しかしそれは「実力」が上がったというよりも、まさに「運」が上がった実感です。

藤平:その「運」が上がる要因は何だとお考えですか。

青井:先ほどのグラフで言えば、成功するために必要なものが「実力」と「運」の2つの軸で描かれています。「実力」とは自分自身の力で研鑽してコントロールできるものです。一方、「運」とは「成功には必要だが自分の力でコントロールできない全てのこと」です。これが私なりの「運」の定義です。つまり、「運が良い」とは「自分のコントロールの及ばない何かが自分に味方している状態」です。そのようなとき、人は感謝の氣持ちを抱いているはずです。ですから、感謝の氣持ちをもつことが良い運に氣づく感度を高め、結果として運が良くなるのだと思っています。

藤平:確かに成功するには自分の努力が必要なのは当然のこと、自分以外の力が不可欠ですね。その力が得られる状態が「運が良い」ということですね。

青井:そうです。だからこそ、平素何事にも「有り難う」です。現在では、いつでも何事にも感謝の氣持ちをもって臨むように心がけています。朝起きたら生きていることに感謝、というように当たり前のことにも感謝です。更に、人に叱責されることなど、これまで有り難く感じていなかったことですら、「改める機会を得た」と感謝するようになりました。

藤平:なるほど。ここで重要なのは、青井さんが「運」というものに氣づき、実感があることですね。世の中で数ある本には「感謝の氣持ちが重要」と書かれています。実感なくただ感謝の氣持ちを持とうとしても出来るものではなく、「有り難くない」と感じているのに「有り難い」と無理をしても逆効果です。青井さんはどの様にして心から「有り難い」と思えるようになったのでしょうか。

青井:私の場合、周囲が私に対して何か良いことをして下さるのだから、自分に出来ることはせめて自分でやろうと決めました。先のグラフの仮説では、自分の努力だけで成功することはできません。自分ですべきことをしたうえで、成功は「実力」だけでは得られないことを理解すれば、自分ではコントロール出来ない全てのものに自然と感謝出来るのではないでしょうか。例えば、大事なプレゼンテーションで、結果を残すには「実力」が不可欠ですが、事故で電車が止まってしまい会場に行けなければ実力を発揮することすら出来ません。定刻通りに電車が動いてくれているだけで感謝です。

藤平:その感謝の氣持ちがあるから、青井さんはいつでもプラスなのですね。青井さんが体験的に捉えていた「運」というものが、現在の「氣」の学びに繋がっているといっても良いわけですね。

青井:それは間違いありません。経験則として得たものが、「氣」という言葉になって今こうして学ばせて頂いていることを本当に幸せに思います。
 振り返れば、ビールを造っていたときも「氣」を実感する出来事がありました。プラントを立ち上げて間もなく、酵母の状態など諸々の条件を科学的に同じにしていても、味に微妙な違いがでることが分かりました。その原因を丹念に調べていくうちに、発酵状態の違いが作り手の「氣」の持ちようや、会社の雰囲氣と関係があるように思えてきました。理系出身の私にとっては「まさかそのようなものが味に影響を与えるはずがない」と思っていて、最初は受け容れがたい現象でした。そこで、意図的に実験することにしました。同じ条件下で、一方のタンクには愛情を込めてつくり、もう一方は機械的につくったところ、データ上に差は出ませんでしたがお客様のリピート率に差が生じました。これはもう間違いない。観測された事実を認める方が科学的ですし、このほうが売れるので受け容れることにしました(笑)。

藤平:「氣」が入っているのと入っていないのでは、ビールの製造においてもそれほど違うのですね。氣が入った挨拶、氣が入った応対、氣が入った料理、そして氣が入った稽古、みな同じことですね。

青井:したがって、「氣」が入った経営もあるわけです。

「氣」が経営にも大きな影響を及ぼす

藤平:心身統一合氣道の稽古を始めたきっかけを教えて頂けますか。

青井:「運」という目に見えないものが実在するという確信を得た時、さらに高められないかと思い、手当たり次第に本を読みました。最初に感銘を受けたのが中村天風先生のご著書です。天風先生のご著書を読んでいくうちに藤平光一先生のことを知ったのがきっかけです。始めはごく限られた卓越した武道家しか「氣」を使えないと思っていたのですが、ご著書に「誰にでも氣は出せる」と書かれてあって希望が湧いたのを覚えています。それ以来、「心が身体を動かす」というメッセージは私の心にずっと残っています。

藤平:「心が身体を動かす」ことは経営にどの様に活きるのでしょうか。

青井:経営は脳が考える営みですが、脳も身体の一部、ということです。「心が身体を動かす」のであれば、身体の一部である脳も心が動かしているわけです。私の経営コンサルティングはこの原理を経営や社員の意思決定で活かすことに土台をおいています。経営戦略を考える上では分析やロジックは欠かせないものです。しかし、それだけで実際に企業を 成功に導くのは困難です。これまでとは異なる未来を創るのですから、現状を打破するような新しい発想が必要です。良い発想を得るのに最も重要なファクターは、経験や知識よりも「新しく素敵なものを発想したい」という氣持ちです。心が沈んでいたら、コンサーバティブな発想しか出ません。楽しいもの・ワクワクするものは、楽しくワクワクしている心から生み出されます。つまり「心が身体、その一部の脳、そして経営を動かす」ことが理想ということです。経営者や幹部社員だけではなく、現場で働く従業員やパートの方にもその重要性を伝えるようにしています。すると、そこから驚くほど新しい発想が生まれて来ます。

藤平:まさに「心が身体を動かす」のですね。

青井:勿論、経営大学院では、囲碁でいうところの「定石」を教えないといけない側面もあります。しかし、実際の会社経営では過去の事例や定石を教えることは殆どしません。「今どうしてこうなっているか」分析することはできますが、「この後どうなっていくのか」は未知の世界。経営とは未来を生きることですから「市場を一緒に作って行こう」という氣持ちが必要なのです。私は占い師ではないので、「この案で本当に上手くいきますか」と聞かれても「分かりません」と答えます。勿論、一番上手くいきそうな方法を選んでいることは間違いありませんが、そこには「運」も必要なので「本当にそうなる」とは言えないのです。何かを教えてコンサルティングしていくというより、未来を一緒に作っていくのが私の仕事です。

藤平:社内のコミュニケーションについては如何ですか。

青井:中小企業ですと、社員一人一人とのコミュニケーションが取りやすいので比較的やりやすいです。全国的に知名度のある中堅化粧品会社の経営を任されたときの一例ですが、重要な会議で私をはじめ幹部社員がヅラをかぶることにしていました。

藤平:頭にかぶる「ヅラ」ですか(笑)。

青井:そうです、その「ヅラ」です。当時、一から十まで上司の指示待ちで下の者が会議で意見を絶対言わないという社風でしたが、「ヅラ会議」をきっかけに新入社員でも私や幹部達に堂々と意見を言える社風に変わって行きました。その結果、次々と新しいチャレンジをすることができました。もちろん、どの企業でもヅラをかぶれば良い訳ではないので、会社や経営陣のキャラクターや症状によってやり方は千差万別です。安易に真似はしないで下さい(笑)。

藤平:形ではなく、心の状態が重要な訳ですね。大企業では如何ですか。

青井:大企業の場合はシステマティックに時間をかけて取り組む必要があります。精神および行動規範としてのWAYなどを作ることから始めて、 諸々の人事的な施策を打っていきます。しかし、心が身体や脳のパフォーマンスにどれほど影響を及ぼすかという実体験がないと、単なる精神論というように聞き流されがちです。そこで合理的な経営戦略を自分たちで考えられるように導いてプチ成功体験をしてもらう、というような仕掛けをしていきます。
 ここ数年ある業界で国内最大手の企業の改革に取り組んでいますが、社内の諸々のしがらみで有効な手が打ちきれずにおりました。社長とは頻繁に会っていますし、幹部社員達とも毎年一緒に山に出かけて寝食を共にしながら経営やマネジメントにおける心の重要性を語り合って来ました。皆さん頭では理解してくれるのですが、現場に戻ると「元の木阿弥」でした。やはり、所詮「精神論」というイメージが拭えなかったのだと思います。そこで、まずは幹部社員から心身統一合氣道会で「心が身体を動かす」という実体験をさせて頂けないかと思い立ちました。

藤平:なるほど、それが本部宿泊研修施設まで企業研修にお越しになった目的なのですね。研修を受けた成果はいかがでしたか。

青井:研修前は「なぜ合氣道なのか」と疑問をもつ者も多かったですが、実際に研修を受けると、心の状態を変えただけで身体がウソのように安定したり、簡単に相手を動かしたりできることを体験し、心が身体に及ぼす影響の大きさを納得してくれました。それまで私が4年間語り続けてきたことをたった一回の研修で「本当だ」と認めてくれたようです(笑)。
 話す相手に氣を向ける、怒って平常心を失いそうなときの心のセルフ・コントロールの方法など、経営やマネジメントに実践的な内容も沢山教えて頂きましたので、予想以上の効果が発揮されています。

藤平:今後の青井さんの目標を教えて頂けますか。

青井:私たちの生活を豊かにしている製品やサービスのほとんどは企業活動を通じて生み 出されています。具体的にはそこで働く人々の発想や労働から生み出されている訳です。そうした発想や労働自体が豊かで楽しい「心」から発動されたものであれば結果として生み出される製品やサービスも豊かで楽しいものになるでしょう。そういう企業は世界中の人々のお役に立てる企業として繁栄していくと思います。そして、現代の社会では人は働かなければ生きていけない仕組みになっています。一生の多くの時間を労働に割かねば生きていけないならば、その労働に割いている時間自体が豊かで楽しいと感じる心を醸成することは、企業のみならず、その方自身にとっても幸福なことだと思います。「氣」が経営にも大きな影響を及ぼすことを広めて、豊かで幸福な人と企業をどんどん増やすお手伝いをしていきたいです。
 ラジオのパーソナリティで同じ経営大学院で教鞭を取っている友人の紹介で心身統一合氣道に出会うことが出来ました。その友人にも深く感謝しています。

藤平:貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第8号/2014年7月発行)に掲載

豊かで幸福な人と企業をどんどん増やすお手伝いをしていきたいです。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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