特別対談

渥美和彦先生にお話しをお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

渥美和彦 先生

東京大学名誉教授
医学博士
一般社団法人日本統合医療学会名誉理事長


渥美和彦先生は心臓外科医として長年に渡って最前線で活躍され、現在は西洋医学と東洋医学を統合した「統合医療」を提唱され、86歳(2015年当時)となられた今も精力的に活動なさっています。また、漫画『鉄腕アトム』のお茶の水博士のモデルとなったことでも有名です。その渥美先生の貴重な話をお聞きしました。

「氣」とは

藤平信一会長(以下、藤平):渥美先生と「氣」の話をさせて頂くことを楽しみに参りました。どうぞ宜しくお願いいたします。

渥美和彦先生(以下、渥美):私はいま「氣」というものに大変関心を持っています。このたびは、心身統一合氣道における「氣」を知るために対談の機会を持つことができ、有難うございます。
 「氣」とは一体何なのか。私がやってきた近代医療というのは、人工心臓やレーザー医学、コンピューターによる病院の自動化など最先端の技術を使っていましたが、そこには氣の研究はありませんでした。しかし、医学を作り出したヒポクラテスは、氣のことを「人間の中心にあって色々な病氣を起こしたり治したりするもの」と説き、氣を養うことが重要だと言っていました。私は、彼が教えた場所であるコス島(ギリシャ領の島)も見に行きましたが、素晴らしい所でした。また、中国医学では「気」が基本としています。私自身、現在、難病にかかっていますが、西洋医学では治らないものでも、氣を使った統合医療で治るのではないかと考えています。
 現在、地球上に70億人が住んでいて、私はそれぞれに存在する意義があると思います。皆、幸せを望み、実現する権利を持っています。各人、能力や可能性が違いますが、同時に地球に対して、世界に対して貢献する責務があると考えています。それを行うのが医療だと思うのですが、「医学とは何か」を真剣に考えている人がいない。私は「氣」こそ、病氣を治す力であり、自分を守る力だと思います。「合氣道」といえば、正に「氣」ですね。心身統一合氣道では「氣」をどの様に捉えておられますか。

藤平:心身統一合氣道で一番大事なことは「氣」が交流していることです。例えば、技の稽古で相手に手首を持たせる際、持たせた手首に力が入っていると相手を動かすことができません。相手を動かそうとすると、自分と相手がバラバラになり、一体で無くなります。これを「氣が切れる」「氣が滞る」と言います。一方、友好的に握手をする時は相手と一体になっています。この時、相手と「氣」が通うので、自由に動き導くことができます。この「氣」が通っている状態が基本です。

渥美:それでは「氣」そのものは、一体何ですか。

藤平:生命力の根幹と捉えています。「氣」は超能力ではなく、一人一人が持っているものです。氣の交流が活発な状態が「元氣」、氣の交流が妨げられた状態が「病氣」です。先代の藤平光一先生は、「氣」について海の水を例えに説いていました。海の中で、手で海の水を囲います。なるほど、手の中にある水は「自分の水」と言うことが出来ますが、実際のところ、それは元々海の水です。「手の中の水」と「手の外の水」は常に交流しています。もし、その交流が妨げられると水は淀んでしまいます。水は常に交流しているうちは悪くなることはありません。氣もまた同じ、常に交流しているから元氣なのです。「天地の氣」を自分自身で囲っているのですから、氣は自分に閉じ込めるものではなく、常に外界と交流している状態が自然だと捉えています。

「氣を出す」とは

渥美:さらに私が知りたいのは、実体として「氣」は空氣の様なものと考えるのか、パーティクル(粒子)のようなものと考えるのかです。生命の分子の様なものだとすると、それによって病氣も良くなるし、身を守ることにも使えるのか。
 身体の具合の悪い時に鍼や指圧をするのも、ただツボを指で押さえるのではなくて氣を入れるのが重要だと専門家は言います。氣の滞っている所が病氣になる。痛い所を刺激するのではなく、関連する所を刺激して身体全体の氣の流れを良くするそうです。実際、私自身もやって貰うと、確かに氣が入っている感じがします。私はヨガも体験したことがありますが、ヨガも呼吸と同時に氣が入っているのですね。

藤平:我々は「氣圧法」という健康法を行います。本来は自分自身で氣を出せる様で無いといけないのですが、本当に氣が欠乏している状態の人は、氣を出すことはできません。井戸の呼び水の様に、まず「氣圧法」で氣を補います。その後、氣を出す方法をお伝えします。「氣」を出せば、必ず新たな「氣」が入ってくるのです。

渥美:「氣を出す」とはどういうことですか。

藤平:天地自然の氣と交流している状態を指します。例えば、「誰かの為に働く」という行為も氣を出すことです。自分の為でなく、人の為に何かをすると氣が出ます。逆に自分だけのことを考えていると、氣は停滞してしまいます。氣は出せば入ってくるので、氣を出すことが重要なのです。心身統一合氣道の場合、相手が打ってくるのが何故分かるかというと氣配で分かるのです。氣が出ているから、相手の心の状態が氣の働きを通じて伝わって来ます。氣を引いていると、相手の心の状態は全く分かりません。

渥美:中国医学を勉強すると「気」は必ず出てくるけれど、「氣を出す」にはどうすれば良いかは詳しく書いてない。「気」を送ると送られた人は良くなって元氣になるけれど、送った人は「気」を消耗して疲れる。蓄電池の様な考え方をしています。「気」はある種のエネルギーであり、移動すると考えられることが多いですね。

藤平:心身統一合氣道における「氣」は、中国由来の「気」とはルーツが異なります。森羅万象、あらゆるものに「氣」はあり、その「氣」は常に交流している。それが本来の姿である。「氣」は溜めるものではないと考えています。
 藤平光一先生は、「私達の生命はどこから来たか、生まれる前は精子と卵子の結合で、その前は、その前は、と辿っていくと一つの細胞です。その前はと辿れば、無限小の何かとしか言いようがない。無限に小なるものの無限の集まりの総称が氣であり、我々は天地の氣より生まれ、天地の氣に還っていく」と説いていました。「氣」こそ、この世の成り立ちと捉えています。

渥美:すると、「氣」は人間が存在するための最小の分子であり、生命の核であり、精神の根源ということですね。宇宙の根源に「氣」というものがあって、何故あるのかまでは追求しきれないと思いますが、目に見えないもの、人によっては「神」や「仏」と言いますが、そういう存在が無いと説明できない何かである。
 それが「氣」であって、人間の生命の根源なのではないか。だから人間は色んな事が「氣」を使うとできるのではないかと私は考えるのです。
 西洋医学では目に見えるもののみを対象として、目に見えないものは扱わないのですが、私は絶対に何かがあると思っています。現実は「氣」というと馬鹿にして取り合わない医者が多い。本当は、病氣は「氣」の病ですから、氣を勉強しないと本当の意味で医者にはなれません。ホリスティック医学をやっておられる帯津良一先生などは、「氣」を良く理解していて、本格的に治療に取り入れています。
 私はソニーの顧問をしていた関係で井深大氏(ソニーの創業者)と親交がありました。井深さんは「氣」のことに関心をお持ちで、私に「合氣道の氣を研究したら面白いと思う」と言って亡くなられました。ある時、大学のシンポジウムで合氣道のデモンストレーションをご覧になって、非常に興味を持たれたそうです。何人もの人が一度にかかってくるのを飛ばしたりするのを見たそうです。

藤平:井深さんがご覧になった合氣道がどの様なものであったか私には分かりませんが、我々は「正しいことには普遍性と再現性の両方がなければいけない」と考えております。正しく行えば「誰でも・いつでも・何度でも」再現できるはずです。特別な人間だけが、自分だけ・今だけ・一回だけできるということは行いません。我々が体験ベースでお伝えしているのは、一挙手一投足に「氣」が入るということで、それは誰にでもできて、あらゆる分野の土台になる事と説いています。

「氣が通う」

渥美:氣が出ているかどうかは、どうしたら分かるのですか。

藤平:「氣のテスト」を行います。例えば、胸を張って背筋をピンと伸ばした「氣をつけ」の姿勢で立っていると、身体に余分な力が入り氣が滞ります。その状態で肩をつぶしてみると支えることが出来ません。一方で、全身の力を完全に抜く、足先まで氣が通った姿勢で立っていると、同じ様につぶしてみてもびくともしません。この様に、「氣のテスト」を行うことで氣が出ているか確かめることが出来ます。「氣」は目には見えませんが、氣が出ているかどうかは必ず身体の状態に現れていますので、身体の状態を通じて知ることが出来ます。これを広岡達朗さんや王貞治さんが学び、野球に活用されました。

渥美:『動じない。』を読んで面白いなとは思いましたが、実際のところ、読んだだけではまだ良く分からなかった。アスリートの人達はどの様に氣を活用するのですか。

藤平:まず基本となる姿勢を確認し、持っている力を最大限に発揮できように「氣の出ている」状態を体感、体得します。そこで「氣のテスト」が必要なのです。野球で言えば、バットの持ち方でバットの先端まで氣が通っているかどうか、などもチェック出来ます。物を持つ以上は、持つ物に氣が通うことが重要です。これがゴルファーであればゴルフクラブの先端まで、書家であれば筆の先端まで、指揮者であればタクトの先端まで氣が通うかどうかということです。

渥美:私も高等学校ではラグビーをしていました。チームは2年連続で優勝しましたから相当なメンバーとプレイしていました。大学ではボートをしていましたので、氣が通うという感覚は良く分かりますね。ボートのオールをギュッと持っては駄目なのです。風が来た時やオールで水をかく時に必要なだけ力を使います。フワッとしながらも、しっかりとした持ち方をしているのです。しかも、ボートはチームプレイだから、8人の氣が一体とならないといけない。皆が同時に氣を使う練習をするのです。氣が合った連中が上手くいった時にはボートが速く進みます。

藤平:正にそれこそ我々がお伝えしている「氣」です。物の持ち方は、筆でもゴルフクラブでも同じで、グッと力を入れて握り込んでしまうと、持った所で氣が滞ってしまいます。このとき先端まで氣は通わず、道具に氣が入っていないということになります。物を持った姿勢も、氣が通っているとき「氣のテスト」で押されても盤石です。正確に申しますと、物を持つという感覚ではなく、道具は自分の身体の一部であり、一体となっている感覚です。これが氣が通った物の持ち方です。

渥美:「氣」は発想というものにも影響を与えているのではないかと思いますね。僕は手塚治虫と一緒の中学で、彼は僕の目の前に座っていた。彼が漫画を描くとき、それは尋常ではありません。24時間考え続けて発想が出た時にパーッと紙に描いて、それをスタッフが漫画にするのです。どうしてそういう発想が起こるかというと、ある瞬間にそれを得て、あとは手が勝手に動くというのです。正に天才です。僕には彼が何をしているのか分からなかった。彼は「氣」というものを直感的に捉えていたのでしょう。

藤平:渥美先生は探求者でおられて、私のような若輩の言葉にも耳を傾けて下さいます。渥美先生が「氣」を探求される源泉は何なのでしょうか。

渥美:私はいま86歳ですが、以前は日野原重明先生(医学博士・2015年当時103歳・2017年逝去)の様に100歳までとは夢にも考えていませんでしたが、これから100歳まで生きようかなという「氣」になった。「氣」というのは重要でないかと突然、遅まきながら氣がついたので、この「氣」をもっとちゃんと勉強することによって、人間生きる所まで生きられるではないかと。まだやりたいことが一杯あります。どうも最近、そういう氣持ちが強くなって「氣」というのが一体何か、どうしたら出る様になるのか知りたくなったのです。死ぬまでに「氣」の根源とは何かを見極めたいのです。

藤平:本日、お話を拝聴しまして、渥美先生が捉えていらっしゃる「氣」は、藤平光一先生の説く「氣」に一致しているように感じました。

渥美:また、ぜひ対談しましょう。今日はその第一弾として「氣」とは何か、という問いの周辺の分野、自分の能力を高める上で「氣」が大いに役に立つということまで良く分かりました。次回は是非、「なぜ氣があるのか」「氣は生命が進化する為にあるのか」「人はどのようにして死ぬのか」など考えていきたいです。「氣」は人間が生きていく為に必要なものとするならば、私たちが何かやらないといけないことがあるのではないか。最も重要なことは自分の為でなく、人の為にあるということ。人の為に「氣を出す」ということですね。「目に見えない物は無い」と考える西洋医学の人々に「目に見えない物もある」と自覚させる役目が私にあるのではないか、と考えているのです。大きな視点では、地球全体の人間をどうするのか、医学をどういう方向に持って行くのかを考えています。そうすると、どうも「氣」にたどり着くのです。

藤平:その問いに対して現在の私には答えがありません。渥美先生から医師のお立場からご指導を頂きなから、これから突き詰めて行きたいと存じます。今後もご指導を宜しくお願いいたします。本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第11号/2015年4月発行)に掲載

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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