特別対談

加藤久様にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

加藤久 様

仙台二高から早稲田大へ進み、守備的MFあるいはDFとして活躍。長身ではないがヘディングが強く、冷静な判断力と旺盛なファイティングスピリットを併せ持ち、堅い守備と確実なフィードで活躍した。早稲田大学在学中に日本代表にも選ばれ、卒業後は筑波大大学院で体育関連の研究を続けながら読売クラブでプレー、ブラジル流の個性派集団の守備を引き締めてJSLで5度の優勝に貢献した。日本代表としても1980年代半ばから守備の要となるとともに持ち前のリーダーシップを発揮してキャプテンを務め、チームを支えた。1986年メキシコ・ワールドカップ、88年ソウル・オリンピックの予選では、ともにあと一歩で出場というところまでこぎつけたが悲願は果たせなかった。1993年に開幕したJリーグでもヴェルディ川崎、清水エスパルスでプレーし、現役引退後は日本協会の強化委員長に就任した。その後、ヴェルディ川崎、湘南ベルマーレなどJクラブの監督も務め、JFA復興支援特任コーチとして東日本大震災の復興支援活動にも尽力した。

NPO法人ヴィクサーレスポーツクラブ理事長
第15回 日本サッカー殿堂 掲額者


氣の原理を子供達へのサッカーの指導に活用

藤平信一会長(以下、藤平):心身統一合氣道との出会いを教えて頂けますか。

加藤久様(以下、加藤):私は大学3年の時から日本代表チームに入っていました。その頃から、心のことを扱う本を読んでいました。卒業後に広岡達朗さんの御著書『積極思想のすすめ』と出会い、その中に藤平光一先生のことが書かれていたのが最初だったと思います。
 その後、チームの監督の立場を離れて時間が出来た期間に「これまでやれなかったことをやろう!」と思い立ちました。広岡さんと縁の深い大学サッカー部の後輩を頼りに、広岡さんに心身統一合氣道会への紹介を直接お願いしました。広岡さんからは「私が何者なのか」「何で学びたいのか」色々とお尋ねがありました。「これなら大丈夫そうだ」ということで、ご紹介頂けた感じでした(笑)。

藤平:広岡さんらしいですね(笑)。
 「出来るだけ短い時間でエッセンスだけ学びたい」というアスリートもいるなか、加藤さんが本格的に稽古を始めた理由を教えて頂けますか。

加藤:「心の使い方」に関しては自分なりに問題意識があったので、それまでも様々なものを学んで来ました。心身統一合氣道に出会って「これだ!」という直感を得たのです。当時の自分では、まだ身体で表現することも再現することも出来ませんでしたが、心身統一合氣道が教えることには腹にストンと落ちました。毎回「なるほど!」という感じで、それが現在まで続いています。

藤平:子供たちへのサッカーの指導にも活用されていると聞きました。

加藤:「心が身体を動かす」というシンプルな原理に誰も氣がついていないし、よく理解していない。心の状態によって現実が良くも悪くもなるわけですから、子供達にはまず「心の向け方」や「前向きな心」などを伝えています。その上で、サッカーの技術や戦術を覚えさせます。心が後ろ向きであっては、いくら技術や戦術を覚えても進歩がないことを、指導に行く度に、少しずつ分かってもらえている実感があります。

藤平:「身体の使い方」についてはいかがですか。

加藤:「力を抜く」とか「リラックスする」ことは、スポーツ選手にとってはものすごく難しいことです。私自身も最近ようやく分かり始めて、入口に立っている感じです。以前はどこかで「力を抜くと弱くなる」と思っていて、薄皮一枚、力が入っている状態でした。道場で一緒に稽古する70代の会員の方からは「加藤さん、もっと力をお抜きになって」とよく言われていました(笑)。当時、自分では十分力を抜いているつもりでしたので、これ以上どうやって力を抜けるのかと思っていたのですが、今ではそれがよく分かります。

藤平:最近、プロスポーツの現場でも「力を抜きなさい」というアドバイスは増えているそうですね。ただ、実際のところは「正しい姿勢」や「臍下の一点」がなく、ただ力を抜こうとすると虚脱状態になってしまいます。ゆえに、力を抜くのが難しいわけですね。

加藤:本当にそうですね。7,8歳の子供たちにも、最初に正しい姿勢を伝え、前から押したり、肩をつぶしたりしてもビクともしない盤石な状態を確認します。僕が何をやろうとしているかまでは子供たちは分かってはいないと思うのですが、それでも子供たちは違いを明確に感じ取っています。正しい姿勢を確認して、そのままフワッと膝を曲げたら、サッカーの最も良いスタートの姿勢ができています。指導にいく度に「この状態から動きなさい」と伝えています。子供たちは理屈ではないので、ストンと入っていくようです。

心が静まると色々なことが見えて来る

藤平:加藤さんは心身統一合氣道の稽古に加えて、氣圧法(心身統一合氣道に基づいた健康法)も学んでおられます。その思いを教えて頂けますか。

加藤:自分の健康だけでなく、どこか悪い方がいればお手伝い出来るようになりたいと思いましたし、「氣」というものを、技の稽古とは違った角度からも学んでみたいという思いがありました。2010年10月にスタートしましたが、翌年3月11日に東日本大震災があり、そのため半年で中断してしまいました。残りの講義を受けられなかったのが残念です。

藤平:時間ができましたら、ぜひ再開して下さい。

加藤:自分の故郷が被災したので、震災から半年くらいは個人でボランティアに行っていました。その間も、氣の呼吸法だけは毎日30分、欠かさずにやっていました。稽古に通えない分、とにかく毎日やろうと決めていました。始めは時間が氣になって大変だったのですが、3ヶ月を過ぎた辺りから楽に出来るようになってきて、「あれ?力を抜くってこんな感じかな」と思い始めました。翌年の5月頃、稽古に復帰したら稽古を休んでいたのに強くなっていた感覚がありました。

藤平:まさに「根の修行」ですね。藤平光一先生も最初、慶應義塾大学の柔道部で他の部員に全く敵わなかったのが、稽古から離れて禊修行で三日三晩鈴を振っているうちに、誰よりも強くなっていたそうです。道場では得られなかったリラックスを、道場の外で会得したようで、加藤さんも同じなのではないでしょうか。

加藤:同じというにはまだ早いですが、だいぶ楽になってきた実感を得ています。

藤平:被災地でも氣の呼吸法を続けておられたのですね。

加藤:毎日、内陸部から沿岸部へ長距離を移動するので体力的に大変でしたが、被災地の惨状を見ているだけで精神的にも疲れ、鬱病のようになることもありました。夜にちゃんと心の状態をリセットしないと、寝ている間も頭の中がグルグル回る感じです。毎晩、氣の呼吸法をして「氣持ち良いな」と感じられるようになってから寝るようにしていました。だからこそ、心も身体も保てたのだと思います。
 今は仕事であちこち行っているのですけど、新幹線でも飛行機でも、氣がついたらいつも氣の呼吸法です。ただ、口を大きく広げて始めると周囲の方が不審に思うので、マスクをして、静かにハァーとやっています。これなら誰にも見えないので平氣(笑)。

藤平:呼吸が静まると心が静まり、心が静まると色々なことが見えて来ますね。

加藤:氣の呼吸法を続けるうちに「心を静める」こと自体も、こういうことかと実感を得るようになりました。現役の時にもう少し分かっていたら、だいぶ違っただろうと思います。今の現役選手にこのことを僕はどう伝えられるかな、というのが今の課題です。
 私自身の話では、チームのGM(ジェネナル・マネージャー)の立場で、スタッフ、監督、コーチ、選手の契約をする時、まず自分の心が静まっている状態で臨んだ結果、スルスルっと決まっていく感じがありました。交渉といっても、考えて駆け引きするというよりも、こちらは素のままであれこれ考えず、リラックスして向こうに任せていると、あれっというほどスムーズに決まる。何とも不思議な感じです。
 以前に同じことをしていたときは上手くいかないことが多く、イライラし通しで大変でした。今は、自分の状態が上がっていても、必ず心を静める時間を作っています。

藤平:リーダーは大事な決断を下す時、あれこれ考えるより心を静めることですね。それによって、自分のことも周りのこともよくみえるので正しい判断が出来ます。
 それは、サッカーのプレイも同じではないでしょうか。

加藤:まさにそうです。自分の世界に入っていると相手が見えなくなります。技の稽古でも「自分の世界」だけでしようとするうちは上手くいきませんが、相手に心をちゃんと向けると上手くいく。それと一緒なのでしょう。プレイで考えすぎる選手は駄目です。心が静まっていれば相手が見えるので、自然とその場で相応しい動きができる。それを一流の選手は自然にやっています。今は結果が出ていない選手でも、これを訓練して理解すれば、良くなる可能性が大いにあると思います。

藤平:広岡さんは、野球界で同じことされています。勿論、教えれば全員が一流の選手になれる訳ではありませんが、素養があるのにやり方を間違えて上手くいかない選手も沢山いるので、一人でも多く夢を実現させてやりたい、と言われています。

加藤:先ほど会長が言われた通り、最近のスポーツ選手は良いとこ取りや、効率良く吸収することばかりを考える傾向が強くなっています。だから、本当の所まで行かないのです。『動じない。』(幻冬舎)を読むと、王貞治さんは効率良くではなく、あらゆることを試した上で、本当に大事なことを理解され、極めたのが分かります。一回、講習に出ただけで「掴んだ!」と思っても、次の日にはその感覚はどこかにいっているものです(笑)。いつでも自分で再現出来るようになるには、繰り返しが大切です。効率良く上手くなることばかり考えていては体得出来ません。
 料理人の世界でも、最初は鍋釜を磨くことばかりで「料理を作らないプロセスなんて、料理を作ることの何になる」と思うでしょう。その後もキャベツを刻むとか、野菜の皮むきばかりなのかもしれませんけど、そういうことが深みを作る一番の要因です。それをちゃんとやった人が大成します。

藤平:身体づくりも同じですね。近代的なトレーニングで筋力をつけた方が効率良いと考えがちですが、実際には全身でバランスの取れた筋肉にはならず、ものすごく怪我をしやすくなりますね。ロサンゼルス・ドジャースでの指導でそれが良く分かりました。

加藤:サッカーの選手も筋力トレーニングで肉体改造して、結局身体を壊す選手がいます。
 身体面で言えば、サッカーはサッカーをすることで上手くなるので、サッカー以外のことで身体を強くするというのは無理があります。最良の師はゲームです。効率的で科学的な色々なトレーニングもありますが、ゲームに勝るものはありません。サッカーはフィジカルな要素も強いので、身体で表現できることが大事。キックは蹴り込むことで、はじめて上手くなる。蹴り込む本数です。
 昔の選手と今の選手では蹴り込む本数が違うと思います。今でも中村俊介や遠藤保仁みたいなパスの名手は、蹴り込んできた回数が桁違いです。馬鹿みたいに蹴っている。彼らは練習後もずっと蹴っています。バーベルを上げるのではなく、ボールを蹴り続ける。
 たまたま出来たというのと、10本蹴ったら10本狙ったところに行くというのとは別物です。今日出来ても、明日出来なければ名人とは言えません。そういう安定感を試合で表現していく選手は、それだけのことを積み重ねて来たということなのだと思います。

藤平:最後に、被災地に作られたグランドの話をお聞かせ頂けますか。

加藤:あれだけの災害に遭って、心も身体もダメージを受けている時、置かれている環境のどこに喜びを見いだすか。スポーツしている時は、一時的にでも過酷な日常を忘れられるのではないかと思いました。学校の校庭には仮設住宅が建っている為、子供達が運動する場所が壊滅していましたから、運動してエネルギーを循環させる場が無い。その状況をどうにかしようと皆で立ち上がりました。グランドとなった土地は津波を受けたところで、地権者の皆さんがその土地を「どうぞ使って下さい」と提供して下さいました。行政の支援を受けながら、ボランティアの皆さんで瓦礫を一つずつ除き、更地にしていきました。 
 被災地の子供達にとってなくてはならない場所となり、子供達が元氣になることで、大人達にも元氣を与えています。

藤平:今後の加藤さんご自身の目標をお聞かせ下さい。

加藤:技の稽古をもっとやりたいです。静坐や立ち姿など、動いていない状態で力を抜くだけではなく、どの様に動いても統一体が保てるようになりたいと思います。自分が体得したら、人に伝えることも出来ます。それが私の目標です。

藤平:本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(第7号/2014年4月発行)に掲載

子供達が元氣になることで、大人達にも元氣を与えています。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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