特別対談

野球評論家の広岡達朗様にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

 

広岡 達朗様 野球評論家

1932年広島県生まれ。呉三津田高校から早稲田大学へ。一年生からレギュラーで活躍。1954年読売巨人軍に入団、大型遊撃手としてセ・リーグ新人王。1966年退団。広島コーチを経て、ヤクルト監督として1978年プロ野球日本一。1982年西武監督で再び日本一、1978年についで二度目の正力松太郎賞を受賞。翌年も連続日本一。1992年野球殿堂入り。現在は野球評論家


「教える」ことは並大抵のことではないのです

藤平信一会長(以下、藤平):『動じない。』(幻冬舎)の鼎談では大変お世話になりました。有り難うございます。

広岡達朗様(以下、広岡):実に良い本になりましたね。王が初めて「一本足打法」の秘密を語った歴史的な本ですよ。今では王の一本足打法を形だけ真似する選手がいます。そういった選手たちも、片足で立ち反動をつけて打つのではなく、「そうか!静止状態でいつ球が来ても対処できる姿勢で待っていたのか」と分かることでしょう。勿論、頭で分かったからと言ってできるものではありません。鍛錬という基本的な努力があって、はじめて身につくのです。

藤平:当時の壮絶な鍛錬について、王さんご本人から直接お聞き出来て幸せでした。

広岡:今は「努力せずに結果だけ手に入れたい」と思っている人が多い。出来るだけ楽をして答えを得たい。そう簡単にはいかないのが「プロの世界」です。スーパースターと言われる選手の努力は、それはもう半端なものではありません。コーチは正しい方法を示し、選手はコーチを信じてひたすらにやらないといけません。訳が分からなくてもやる。がむしゃらに付いて行けば結果は出るのです。王の場合はそれを「やり抜いた」ということなのです。残念なことに、今はそれを出来るコーチが少ない。選手が出来るようになるまで継続させることができなければ、コーチは役割を果たしたことになりません。ですから、「教える」ことは並大抵のことではないのです。

藤平:王さんの場合、荒川博さんという素晴らしいコーチがいらしたからこそ、藤平光一先生から学んだことを身に付くまでトレーニングできたわけですね。

すべての運動の原点を学んだ

広岡:私と王は、藤平光一先生から「氣」を学び、統一体や臍下の一点などを手に取って教わりました。「すべての運動の原点を学んだ」といっても過言ではないでしょう。その原点を学んだからこそ、私は自信を持って人に教えることができるのです。昨今では「HOW TO SAY」、つまり理論ばかりを口にする指導者が多くなりましたが、藤平光一先生の教えはあくまで「HOW TO DO」、つまり「どうしたらそうできるか」「どうやってそれをやるのか」ということが総てでした。ですから、その教えを信じてひたすら鍛練を重ねれば、必ずできる、という道を進むことが出来たのです。また、出来たときの喜びもひとしおのものがありました。
藤平光一先生の野球界への貢献は極めて大きいものでした。読売巨人軍だけではなく、たくさんの選手が教わって来ました。しかし、教わって自分だけが得をして、後輩には教えることが出来ない。せっかくの財産が野球界で受け継がれていないのです。これでは「人」としての義務を果たせていない。人として生まれた最終目的は何なのか。皆、縁があって「お前が必要だ」といって生まれたのです。これは理屈の無い世界、宇宙の真理です。それなのに何故、自分の掴んだものを「より良い世界」にするために残さないのか。藤平光一先生はその精神に基づき、私たちに丁寧に分かりやすく教えて下さったのだと思います。

藤平:合氣道の稽古で得たものは、広岡さんの野球人生においてどのように活きて来たのでしょうか。

広岡:現役選手時代、シーズンオフには毎日、朝稽古に通いました。そうやって常に研究し、統一体というものを理解し、それに基づいて野球をやって来ましたので、いざ野球を教える立場になってからは、その選手が「出来ているか」「出来ていないか」がすぐに分かるようになりました。「あ!この選手はちょっと押したら倒れるな」「ぐらぐらで、ふにゃふにゃの姿勢」だなと分かったら、氣のテストをして、「臍下の一点」を教えてやるわけです。選手も実感をもって違いが分かれば、「ハイ!」と言って、それは真面目に取り組むものです。こういった基本がなく、腕の位置がどうの、脚の上げ方がどうした、角度がこうした、と細かい部分を対処療法的に直そうとするから良くないのです。プロの世界にも関わらず、今のコーチは教える基本が無いのに学ぼうともしません。それでは、良い選手が育つ訳がないのです。はっきり言って「怠け者」の集団です。間違った身体の使い方をしているにも関わらず、「選手の個性だ」と言って、直してやらないから大きな怪我や故障に繋がるのです。

藤平:私たちには「統一体で動く」ことの重要性を世に普く知らしめる義務があるわけですね。心と身体の正しい使い方をお伝えすることで、怪我をすることなく、長く活躍できる選手が増えるようにサポートさせて頂きたいと思います。

広岡:ぜひ宜しくお願いします。最近の日本のプロ野球選手は、怪我をして平氣で休む風潮があります。それでしっかり年俸だけは受け取る。この悪習を続けているうちは、選手は怪我の予防に真剣に取り組むことはありません。だいたい、ちょっと捻挫したり、ひねったりしたくらいで休むのは甘えなのです。

長年の夢

藤平:私が申すのも何ですが、広岡さんがプロ野球のキャンプで、若い選手やコーチに見本として披露される守備はとても美しく、みとれてしまいます。合氣道の稽古がどのように守備に活きるか、具体的にお教え頂けますか。

広岡:野球選手には合氣道の「入身」の稽古をさせると良いと思います。守備は氣を引いていたら出来ません。まさに入身の感覚だから、一瞬で動くことが出来ます。ピッチャーにしても、バッターにしても「入身」で向かっていく感覚が必要です。
「呼吸動作」の稽古も大事です。臍下の一点に心を静め、心を決めて入れば簡単に投げられるという感覚を得ることが出来ます。「氣」を信じない選手には、力一杯持たせて呼吸動作でヒョイと吹っ飛ばしてやるのです。すると必ず「これは何だ?」ということになって、「教えて下さい」となります。合氣道には何かあるぞと思ってもらえるのです。目の前で何かショックなことが起こらないと、人はなかなかやろうとはしないものです。
アメリカ大リーグのロサンゼルス・ドジャースでも、同じ様に育成トップの大きな黒人に両手を力いっぱい持たせて投げてやりました。そうしたら吃驚して「是非やりたい」と(笑)。それで、私から藤平信一会長を推薦したという経緯があります。

藤平:ロサンゼルス・ドジャースでは3年間に渡って貴重な経験を積ませて頂きました。100名近い選手と関わることで、「統一体という基本を教えることで、選手が持つ能力がいかに発揮されるか」を目の当たりにしました。これも総て広岡さんのお陰です。

広岡:長年の夢だったのですよ。藤平光一先生の教えをメジャーリーグの奴らに知らしめたかったのです。

より良い世界の為に

藤平:藤平光一先生との思い出をお教え頂けますか。

広岡:91歳は大往生ですが、それでも藤平光一先生が亡くなったのは大変残念なことでした。「本当に偉大な方がまた一人逝ってしまった」ととても寂しく感じています。この歳になっても、お尋ねしたいことが沢山ありました。「海外に単身で渡って、デモンストレーションで大男に囲まれた時、どんな心境だったのか」「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、とは本当のところ、どんな心の状態のことなのか」など、お聞きしておけば良かったと悔やむことばかりです。きっと言葉になる様な心境ではないのでしょうが、修行を続けていくうちに、その心境に近づいていけるのだろうと思っています。
 藤平光一先生には、道場以外でもたくさんのことを教えて頂きました。ニューヨークでお会いした時も、毎晩お酒を飲みながら、道場ではなかなか聞けない質問をしたものです。日頃、無口な藤平光一先生もお酒が入ると言葉が滑らかになるので、弟子たちはこぞって先生を呑みに連れ出していましたね(笑)。

藤平:最後に、これからの日本の野球界に想うことをお教え頂けますか。

広岡:「努力して結果を出す人間が評価される」ファンに愛される野球を作っていきたいと思います。日本の野球界に「革命」を起こす時期が来ています。様々な課題が山積している今こそ最大のチャンスなのです。人氣さえあれば、怪我をして休んでいても高いお金が貰える仕組みでは良い選手が育つわけはありませんし、ファンも試合を見ていて面白くない。それにはまずコミッショナーが考え方を変えなければならない。さらに、オーナーやバックヤードを支えるスタッフも変わらなければならないと思います。球団が若い選手を大事に育て、二、三年は結果が残らなかったとしても、ファンの皆様には「温かく見守って応援してやってください」とお願いして育成する。やがては結果を出せる選手になって強い球団を作っていく。野球を心から愛するファンと共にプロ野球界そのものを育てていくことです。それが、今の私の夢です。持っている力を最大限に発揮するには、藤平光一先生が創見した心身統一合氣道の教えが不可欠です。藤平信一会長には、たくさんの優秀な指導者を育成し、野球界でもしっかり指導して頂きたいと思います。
 何よりも「人の喜びを我が喜びとする」人生を歩み、誦句集にある「万有愛護」の精神で、より良い世界の為に貢献して行こうではありませんか。

藤平:これからもどうぞ宜しくお願いいたします。貴重なお話をありがとうございます。

『心身統一合氣道会 会報』(創刊号/2012年9月発行、第2号/2013年1月発行、第15号/2016年4月発行)を再編集し掲載

鍛錬という基本的な努力があって、はじめて身につくのです。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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