特別対談

大手芸能プロダクション、株式会社ホリプロの
創業者である堀威夫様にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。 現在は、心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及に従事。

堀 威夫様 ホリプロ ファウンダー

芸能プロダクション ホリプロの創業者。

藤平光一宗主から「氣」を学び、現在は毎週、心身統一合氣道の稽古に通っている。


最後に辿り着いたのが「人氣」

藤平信一(以下、藤平):堀さんは長年に渡って藤平光一宗主から「氣」を学ばれ、現在では毎週、心身統一合氣道の稽古に足をお運び下さっています。その堀さんが「氣」というものをどの様に捉えていらっしゃるかをお尋ねしたいと思います。

堀威夫様(以下、堀):「勇氣」「元氣」「病氣」など氣にも色々あって、僕が最後に辿り着いたのが「人氣」です。芸能人に限らず、一般の人にも「人氣」は大事だと思うのです。例えば同窓会の時、Aさんの所には何故か人が集まるけれど、Bさんは壁の花になっている。これは多分、「人氣」の差ではないかと思うのです。そこに何があるのかなと追求するうちに、僕は「いい顔つくろう」と考えました。毎日生きていれば、嫌なこともたくさんあります。それを引きずったまま翌日会社に来れば、その人には「人氣」が集まらないであろうから、朝は鏡で顔をチェックしていらっしゃい、と。ホリプロの本社に入ると姿見があり、そこにも小さく「いい顔つくろう」と書かれています。自分の顔は自分でメンテナンスをすべきで、良い顔をしていれば勝利の女神が微笑んでくれる確率が高まるのではないか。お通夜みたいな顔をしている人には絶対女神は微笑んでくれないだろう、と勝手に思っています。

藤平:ホリプロでは1976年から独自でタレントさんをスカウトされているそうですが、オーディションで「その人が花開くか」どうか、どういった点をご覧になるのですか。やはり「氣」なのでしょうか。

堀:その頃は「氣」というものに、まだ氣が付いていないのです。何か洒落みたいですが(笑)。39年間スカウトキャラバンをやって来たうち、僕は最初の7年やって、若い人たちにバトンを渡しました。要するにオーディションは、たかだか15~30秒で決めなければいけない世界です。前に出てきて、いきなり素人が良い顔を作れるわけがない。緊張しますから怖い顔にもなる。そんな所を見ても意味が無い。強いて何かチェックするとすれば、声の質とかはありますが、むしろ「待っている間の顔を見なさい」ということです。正面に出てくるまでに50人くらいが一塊で座っている時、何故かキラキラ輝いている人がいる。それが一番大事。何回かオーディションをやっているうちに、正面に出てからでなく、素が現れる時が良いと分かりました。そういう基準でスカウトしています。
勿論、こんなこと先方は知らないですよ(笑)。一つのコツです。

藤平:「素の状態」で発しているものが重要ということですね。デビューしてからは何が求められるのでしょうか。

堀:テレビは「今そこにあるもの」を伝えるには非常に便利で、スポーツ中継とか浅間山荘事件といった「生のもの」を伝えるのに最も有利な道具です。その一方で、「作りもの」は伝えにくい。「作りもの」の度合が多くなるほど視聴率を取りにくくなると僕は考えています。
 そのテレビ主導で世の中が動き始めてからは、いわゆるスターの持ち味が変わりました。映画を中心に動いていた時代と違い、「作りもの」の大スターではなく、となりの美代ちゃんの様な「どこにもいそうでちょっと違う人」。テレビにおいてはクラスの人氣者が良くて、ずば抜けて綺麗な人は逆にあまり受けない。そう仮説を立てました。
 森昌子や山口百恵もデビュー当時は中学3年生で、学校が終わってスタジオに入ってくる。「まず学校へ行かないと駄目、ズル休みしたら仕事は取らないぞ」と脅かしてありました(笑)。スタジオに入るまでは制服。衣装に着替えて、はじめてプロの歌手の仕事に入る。誰が見ても就学年齢であることがテレビを観ているお客さんにも分かる訳です。料理でいう隠し味で「制服をさっきまで着ていた!」というのが大事な要素なのです。ひばりちゃん(注:美空ひばり)の時代は学校にも行かないで家庭教師をつけていた。ある日デパートに行って、売っている物の値段を知らなかった、というのが美談でしたが、昌子や百恵の時代は、値段を知らないと「あいつは馬鹿だ」と言われてしまう(笑)。
 このくらい世の中で求められるものは変化するのです。

世の中のありとあらゆるものが学び

藤平:そういった「世の中の変化」を堀さんはどの様にキャッチされたのですか。

堀:絶えず「仮説を立てて検証して、間違えたら修正していく」ことしか無いと思いますね。「トライ&エラー」です。だから仮説の立て方も大事。上手に仮説を立てられる人は間違いも少ない。仮説を立てられない人はつかまえられないでしょう。そして、間違えたら「何で間違えたのか」を徹底的に考える。

藤平:心身統一合氣道の稽古においても、何が正しいか、何が自然かをいきなり体得することは出来ません。まずは真似をすること、そしてトライ&エラーを繰り返すことで身につきます。評価をするようでたいへん失礼ですが、稽古において堀さんの修正能力が極めて高いのは、この姿勢が稽古でも発揮されているからですね。

堀:本当に発揮できているのかどうか、自分では分かりませんが(笑)。
 ただ、真似をするという点では、僕らは「盗み」に長けているのです。人がやっていることを見て、良いところをどう盗むのかも大事な要素じゃないかな。プロの世界では「教える意思のある人から学ぶ物は無い」という教えもあるくらいですから、教える意思の無い人からいかに学ぶのかというのが、ものすごく大事な要素だと思います。そういうセンサーさえ持っていれば、3歳の子からでも学ぶものがある。ボヤッと通り過ぎれば何も学べません。

藤平:宗主も学ぶ姿勢さえ整っていれば、世の中のありとあらゆるものが学びであると説きました。そういえば、堀さんは「沢庵漬け」と「梅酒作り」がご趣味とお聞きしました。どのくらい続けていらっしゃるのですか。そもそも、なぜ沢庵と梅酒なのでしょうか。

堀:40年弱でしょうか。実はね、作ること自体には魅力は感じてなくて(笑)。むしろ辛いことですよ。それでも、やり始めると止められないのです。梅酒は健康のため、毎朝ぐい飲みに一杯飲んでいます。クエン酸が疲労を取るのは勿論、胃の活動を良くして血流も良くなるだろう、と。世の中で売っている物は多分機械的に作った物ですから、よりナチュラルなものを自分で作った方が良いに違いないと作り始めました。沢庵も真黄色の人工着色料で甘く「あれは本当の沢庵とは言わない」という抵抗から始まった。
 それが思わぬ二次的効用で、沢庵によって新たな人脈も得ました。僕が沢庵を作っているというのは意外性があるのでしょう。生きている世界と対極にあるものですから、辛いけれどストレス解消にはなります。漬け上がったら「これを肴に一杯やろう!」と声を掛けると喜んで皆来てくれます。高い料理屋に連れて行くより効果があるのです。沢庵の漬け込みで、糠と塩を混ぜながら「手塩にかける」の語源はこれだな、とか色々な事にも氣が付きます。日本人の魂を忘れず継承しようと、息子達に後ろ姿で教えながら、魂を持って続けています。

絶えずヴィヴィッドに生きる

藤平:なるほど、沢庵や梅酒からも学ばれているわけですね(笑)。
話は変わりますが、堀さんは50歳で社長業を退かれて後進に譲られたとお聞きしました。若くして第一線を退かれた理由をお教え頂けますか。

堀:我々の業界は面白おかしくダラッと生きると、結構それなりに楽しく行ける世界でして、ある時期は非常に幸せだったけど最後にあまり幸せでない先輩なんかもたくさん見てきて、反面教師にしました。「文章」と同じで、もし句読点が無い文章があったら、ものすごくダラッとした締まりの無いものになるだろう、と。人生も同じことで、自分で起承転結を作らずダラッと生きていくと、ダラッと死んでいくだけになるのではないかと思います。折り目けじめが大事と、ある時、氣が付いたのです。
 もう一つの理由は”To be continued”要するに会社を継続させていかないといけないということ。芸能界の今までの通説ではプロダクションは一代限りと言われていました。会社を終わらせない為にどうすれば良いのかと考えて、ホリプロで「堀威夫」が社長でずっとやっていくと、「一代限り」の方程式をなぞっているのと同じだから、名字の違う人間を誕生させなきゃいけない。でも、そいつが上手く自転車に乗れるか分からないから、幾らか自分の余力が残っている間にバックボーンとして見守りたい、となると50歳という年齢が浮かびました。50歳というのは昔でいう「人生50年」と一つの区切りでしたので、小田信吾新社長を誕生させました。文章の句読点みたいなものを絶えず意識しながら僕は生きてきました。
 我々の業界で生きていく為には好奇心旺盛というかどこかに幼児性が残らないと、という感じがします。ネガティブに捉えると非常に未完成で駄目な面が多い訳なのですけど、実は何にでも興味を持って近寄って行って、例えば熱いやかんにも触って「熱い!」と言って、次からは触らない、とかね。

藤平:80歳から道場に通い始められたのは、決して不思議なことでは無いのですね。

堀:「60歳から違う自分になる」というコンセプトをおき、生き方を変えて、80歳をゴールラインと考えていたら、ある日80歳になってしまった。このコンセプトはもう使えなくなってしまったのです。そういう中で、絶えずヴィヴィッドに生きるモチベーションを持ち続ける為には何が良いかなと考えた時、「氣のトレーニングをやってみるかな」となりました。

藤平:一度、始めたことは、長く継続されるとお聞きしました。

堀:始めた事を途中で止めるのが嫌いなのです。途中で止めると、何か自分に対して信じられなくなる。一例を挙げると、60歳から22年間、徒歩通勤を続けています。少し遠回りして2キロ位の距離を20分ちょっとで歩いています。始めたら途中で止められない。止めると何か氣持ちが悪い。多分、性格だと思います。だいたいダラダラしているのが嫌いなのです、人生でも何でも(笑)。
 ゴルフでも新たな目標として「エイジシュートをやる」と宣言しています。

ゴルフに「氣」を活用する

藤平:ゴルフでも心身統一合氣道の稽古が役に立っているとお聞きしました。ゴルフに「氣」をどの様に活用なさっているのでしょうか。

堀:まず、ゴルフと非常に似ていると思ったのは剣の持ち方です。「力が抜けるのでなく、ポジティブに抜く」感覚。これは完全に一致していますね。遠くに飛ばそうと思うと、闘争本能が生まれてギュッと握る癖があったのですが、氣のトレーニングをしていると素直に持てる様になってきました。ティーショットでも緊張すると意識が上がってくるのが、フーッと静かに息を吐いた状態でやると、心が静まって良いポジションに収まる感覚も持てる様になりました。あとは、「剣先まで氣を通す」感覚もゴルフに共通していますね。

藤平:藤平光一宗主は「力が抜ける」ことを英語で”Dead Relaxation(死んだリラックス)”と定義しています。一方で、「力を抜く」ことが”Living Relaxation(生きたリラックス)”と定義しています。同じリラックスでも、力が抜けてしまう虚脱状態と、力を抜く正しいリラックスは違うのですが、日本語だと分かりにくい部分があります。英語の方が”Dead”と”Living”の違いが明確で分かりやすいかもしれません。

「竹斬りの行」を通じて

堀:なるほど、それは分かりやすい定義ですね。単純な事のはずだけれど、単純な事ほど難しいものです。
 剣で思い出すのが「竹斬りの行」。あれは性格が良く表れますね。「出来ない」と思っている奴は絶対に斬れない。良い所を見せようと思っている奴も斬れない。僕は基本的に人がやれることは自分に出来ないはずは無いと勝手に思っていますが、理屈で納得しないと動かないような奴は斬るのに苦労していますね。

藤平:ホリプロの社員の皆さんは、栃木での社員研修で「竹斬りの行」を体験されました。

堀:一番面白かったのは学卒の剣道部出身のやつで、今は和田アキ子の責任者をやっていますが、そいつが斬り損なった時。心の乱れか、良い所を見せないといけないとか、斬れないはずはないと思ったか、驕り高ぶりか何か分からないけれども、そういうものが多分災いしたのでしょう。他にも何度やっても斬れないやつがいて、帰りの電車の時間が来てオマケして貰ったりしました。僕はオマケして貰っているかも分からないけど一度も失敗していない。色氣が無い訳では無いですよ。だって、部下達を連れてきて、最初に失敗したらみっともないと思うのだから。
 ところで、修行にやった藤原竜也はどうでしたか?一回でできましたか?

藤平:斬れるは斬れたのですが、一回目はベストではありませんでした。本人も納得せず、もう一度挑戦したいと言って、心を静めなおして二回目は見事に斬りました。「心の状態でこんなに違いが出るとは想像もしなかった」とそれは喜んでいました。

堀:そうでしたか。竜也に氣の研修を勧めたのは『ムサシ』という舞台の為でした。
 作者の井上ひさしさんはだいたいあて書きをするタイプですから、「ムサシは藤原竜也でやりたい!」と井上さんに伝え、了解を取りました。竜也は舞台『身毒丸(しんとくまる)』でデビューしてスカウトした人間です。そこで『ムサシ』も竜也にやらせたいと思ったのですが、元はド素人で演劇の勉強もしていません。名だたる井上ひさしの書き下ろしの主演で責任が重いので何か勉強させたいと思い、氣の研修を受けることを勧めたのです。宮本武蔵が題材ですから当然どこかに殺陣があるだろうし、時代劇の立ち居振る舞いも経験したことがない。直接、芝居の技術ではないが、身のこなし、立ち居振る舞いの経験をという意味で、私が「一回こういう勉強したらどう?」と尋ねると、「行きます」というので栃木の道場へ送りました。お陰様で刀を持って立つ形や、摺り足なども良い格好で動けていました。芝居を料理に例えれば、氣のトレーニングは最高の隠し味だったと思います。

藤平光一宗主から学んだこと

藤平:ここで宗主のことを質問させて下さい。まず宗主から学ばれたことで最も印象に残ったことは何でしょうか。

堀:一般論でいうと、ああいうトレーニングの場合、教える方は使い手である熟練者で、教えて貰う方は素人ですと、ルールを説明されて見せて貰うだけで終わると思います。それでは「この人は長年やっているからできるだけじゃないかな?」などと色々なことを思うわけで、半分くらいしか納得できないのですが、宗主の場合はやってみせて、言って聞かせて、させてくれるところが印象的でした。ですから、私は自分が納得するから、誰に対しても「是非興味があったら行け」と言いやすい。やっぱり、今、学んだことをさせてくれる、というのは極めつけだと思います。

藤平:それでは、一人の人間としてどの様な印象でしたでしょうか。

堀:宗主のお顔付きはおっかないと思います。でも、そのままではない、柔らかい印象で、ぬくもりのあるお顔が心に残っています。怖さの造作で相手を威圧しない何か醸し出すものを持っていらっしゃると思っていました。怖いお顔のままで上からわっと来られたら、無意識のうちに相手は反発しますが、それが無いから自在に導かれる感じでしょうか。
 私も80歳を過ぎました。今までは単発の研修を受けて「読み切り小説風」に氣を学んでいましたが、これからは「連載小説風」に継続して学んでいきます。

藤平:本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(3号/2013年4月発行と11号/2015年4月発行)に掲載

芝居を料理に例えれば、
氣のトレーニングは最高の隠し味

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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