特別対談

「渋滞」=滞りの研究で第一人者である、
西成活裕先生にお話をお聞きしました。

藤平信一 心身統一合氣道会 会長

東京工業大学 生命理工学部 卒業
慶應義塾大学 非常勤講師・特選塾員
幼少から藤平光一(合氣道十段)より指導を受け、心身統一合氣道を身に付ける。心身統一合氣道の継承者として、国内外で心身統一合氣道を指導・普及している。

西成 活裕先生

東京大学 先端科学技術研究センター教授

渋滞学や無駄学の研究で知られる。著書の『渋滞学』は、講談社科学出版賞と日経BPビズテック図書賞を受賞。趣味はオペラ鑑賞とアリアを歌うこと。


西成活裕先生はNHKや「世界一受けたい授業」など民放のテレビ番組に出演なさっています。ご存知の方も多いかもしれませんが、西成先生は「渋滞学」を提唱され、渋滞の研究をはじめ、あらゆる分野で「滞り」の研究をなさっています。また、研究の成果を企業やオリンピック日本代表チームなどに指導し、大きな成果を上げておられます。

「混雑」と「流れ」という別々のテーマを一つに繋ぐ

藤平信一会長(以下、藤平):西成先生が「渋滞」というものに目を向けたきっかけをお教え頂けますか。

西成活裕先生(以下、西成):直接のきっかけは私が小学校の時です。茨城で暮らしていて初めて東京に行った時、渋谷の街中で突然バタンと倒れてしまったのです。すぐに病院に運ばれて検査を受けましたが何も異常は無く、お医者様によれば「人酔いしたのでは?」とのことでした(笑)。
この経験から、「混雑というものを何とかしなければ」という思いを持ちました。一方で数学が好きでしたので、始めのうちは空氣や水の流れを研究していました。しかし、これらは200年も前に完成している学問で、若い自分が研究するならばもう少し変わった「流れ」に取り組みたいと思い、当時まだ誰もしていなかった「混雑」と「流れ」という別々のテーマを一つに繋ぐ研究を始めました。

藤平:誰もしていない研究となると、当初は風当たりが強かったのではないでしょうか。

西成:新しいことをやろうとすると日本社会は否定をしますから。教授からは「君は絶対に失敗する。山を登るには道を決めなければいけない。君のように山の周りをぐるぐる回っているだけで頂上にはたどり着けない」と言われました。私は「それでは、ぐるぐる回りながら頂上に登って見せます」と言いました。いつかは着くので、「急がば回れ」です。色々な分野を回って広い視野を持つからこそ、上に行けるのではないかと思ったのです。そして、たどり着いたのが「渋滞学」です。

道なき「道」を探して

藤平:既にある「道」を歩むわけではなく、道なき「道」を探しておられたのですね。西成先生の研究は一つの分野だけでは成立しないということですね。

西成:私の好きな言葉に「一つのことしか知らない人は何も知らない人である」があります。英語をやるならばドイツ語もやってみる。すると、英語は決して難しくない言語だと分かります。私の中には「あることをやるならば別のこともやれ」という発想がいつもあります。事実、複雑な問題は一つの視点だけでは解けません。渋滞の研究自体は多くの専門家がやっていますが、私の場合、例えば「アリの専門家に渋滞はどう見えるか」など、分野をまたいだことが研究のオリジナリティになったと思っています。何よりも私自身が面白がってやっていうちに、最初は敵だらけでしたが、今は味方も増えてきました(笑)。

藤平:西成先生の講演を拝聴して初めて知りましたが、アリは「渋滞」をしないそうですね。前を進むアリと常に一定の距離を取っているということでしょうか。

西成:正確に言えば、距離を詰めてしまうアリもいたようですが、そういう種は厳しい自然環境で生き残れずに絶滅してしまいました。常に渋滞を引き起こしている人間には考えさせられる事実で、人間はもっと自然に学ばないといけないと思っています。人間が誕生してたかだか二百万年。二億年生きているアリは人間より二桁も先輩なのですから(笑)。

足先を感じて歩くようになって、転倒を防げた

藤平:その視点でアリを見たことはありませんでした(笑)。「少しでも早く行きたい」と車間距離を詰めることが渋滞を引き起こし、結局は遅くなる。「自分だけ良ければ」という考えは、社会全体として見たとき、得をするどころか損をしているということですね。個人的には、それが道徳の問題ではなく数学的に解明されているところが興味深く感じます。
さて、西成先生は今年から心身統一合氣道の稽古を始められました。日常生活で何か変化はありましたか。

西成:習い始めてさっそく変化がありました。これまでは歩くときに足先を意識することはなかったのですが、足先を感じて歩くようになって、うっかり滑って転ぶのを二度も防げました。本当に命拾いしました。電車の中でも、教わった姿勢でつり革に手だけかけて、電車の揺れの中で姿勢を保つトレーニングをしています。技の稽古もとても楽しいです。

藤平:心身統一合氣道の技には心の状態が総て表れます。例えば、「相手を投げよう」「相手をコントロールしよう」「自分の思い通りに動かそう」という心の状態で行うと、相手とぶつかってしまい、結果として投げることが出来ません。また、普通に考えれば、力いっぱいやる方がうまく行きそうですが、実際にはその逆で、力を抜く方がうまく行きます。「力を発揮するためには力を抜く必要がある」ということです。

西成:そこが最高に面白くて(笑)。「逆をやった方が上手くいく」というのは私の生涯のテーマです。「より多くの交通量をスムーズに流したければ車間を空けた方が良い」とか「全体のパフォーマンスを上げるには一人一人に余力がある方が良い」など、一見すると常識の逆をいくようで、実はそれが正しいということが世の中にはたくさんあります。そういったことを考えるのが子どもの頃から大好きでした。ですから、常識の逆を説く心身統一合氣道会に出会うことが出来て、とても感謝しています。

藤平:「氣」も滞ることが最大の問題であり、いかに活発に氣が交流するかです。この点で、西成先生の研究と根底で繋がっているように感じております。

西成:会長は合氣道の先生でありながら、野球をはじめ様々なスポーツ選手を指導し、企業の指導もなさっていますね。私も研究の成果を様々な分野で指導しています。物事を究めようとする人には、根底で通じるものが必ずあると思います。
私は「渋滞」と共に「無駄」についても研究しています。「無駄取り」の私の師匠はカリスマ・コンサルタントなのですが、二年くらい前から「改善は氣だ!」と言い始めました。コンサル歴四十年のプロがどうして最後に「氣」にたどり着いたのか知りたくなりました。現場で「氣」を感じて、「ここは不良品が出る」「この行程は要らない」など、必要なことが見た瞬間にパパッと分かるのです。会長もそうだと思いますが、他の人には見えない「流れ」が見えているようなのです。そこで、どうしても「氣」を学びたくなりました。
ただ、インターネットで検索すると胡散臭いものがたくさん出てくるので、どうしたものかと考えていたときに山藤賢さん(会報誌17号の特別対談に掲載)から心身統一合氣道の話をお聞きして驚きました。これも「氣」の流れなのでしょうか(笑)。

最も大事なのは「感じる」ことです

藤平:まさにそうですね(笑)。ロサンゼルス・ドジャースでも、私は選手の「氣」の滞りを見ていました。長いシーズンを乗り越えるなかで、必ず「氣」が滞るときがあります。例えば、氣は力みがあると滞ります。身体の隅々まで氣が通っているのが本来なのですが、調子を落としている打者はバットを握りしめ、氣が手元で滞り、バットの先端まで氣が通わなくなっています。氣のテストを通じて、氣が滞っていることを選手本人に知らしめ、氣が通うように導くことが私の役目です。私は野球未経験ですので技術的な指導は全くしませんが、これによって選手が調子を取り戻して行きます。
企業では、コミュニケーションにおける「氣」の滞りを重点的に見ています。氣が滞っていると様々なトラブルやミスが生じます。「氣」についての基本を指導し、「どうやったら氣が通うか」を現場で訓練しています。

西成:「渋滞」「無駄」ともう一つの私の研究テーマが「誤解」ですが、誤解の原因は「流れが滞る」ことだと考えています。それこそ「氣」の滞りですね。私は数学というロジック・論理を通じて物事を見ていますが、実際には数学で説明できないことは世の中たくさんあり、最も大事なのは「感じる」ことです。その一環として「氣」というものをこれからずっと学んで行けたらと思います。

藤平:そもそも、流れが滞る原因を西成先生はどのように捉えていらっしゃいますか。

西成:「利己」こそ最大の原因でしょう。一見すると得に見えても、長い目で見たら損することは、少し長く生きた人間であれば分かるはずです。勝つには勝つけれど誰からも尊敬されないとか、自分が困った時に誰も助けてくれない、とか。反対に、一見すると損に見えても、長い目で見たら得することも分かるはずです。しかし、「利己」はそういう当たり前のことを全く見えなくします。

囲碁でも「利他」があります

藤平:藤平光一先生から、昔の人はそれを「たらいの水」と説いたと教わりました。たらいに水を張って、自分の方に水を寄せると水は全部逃げていきます。反対に「どうぞ」と水を送り出すと、水はまた戻ってくると。「利他」は先人の知恵なのですね。

西成:囲碁でも「利他」があります。白黒で入り乱れた碁盤を片付ける時、一番早く片付けられる方法をご存知でしょうか。普通は自分の置いた石を集めますね。一人が黒を集め、もう一人が白を集める。しかし、そうではないのです。最も早いのは「二人で片方の色だけを集める」ことです。自分のことだけ考えると結局は損をしているわけです。

藤平:なるほど!「利他」こそが本当の得であることが科学的に実証されるということは、世の中を支配する「利己」の考え方に一石を投じるのではないでしょうか。

西成:それこそ私の願いです。若い頃は「利己」であるのも仕方ありませんが、ある瞬間に「それではうまくいかない」と氣づくはずなのですが…。

世の中の「滞り」を無くしていく活動

藤平:心身統一合氣道の特長は心の状態が技に表れることです。形ある身体の状態を通じて心の状態を知ることができます。いくら「利他」のつもりでも、正しく接して来る相手とぶつかるとしたら、実際には「利己」ということです。稽古の目的の一つは「心の状態を見る」ことであり、ただ技が出来て喜び、出来なくて落ち込むのではなく、自分の心の状態を正しく知ることが重要です。

西成:ますます稽古をしたくなって来ました(笑)。

藤平:最後になりましたが、西成先生は今年五月に新著『逆説の法則』を出版予定とのことですね。どのような思いでお書きになった本か教えて頂けますか。

西成:昨今は、視野が短期的で評価も非常に短くなっています。会計制度も四半期でまとめてマイナスだとダメだとか、色々なことが短くなりすぎています。大学こそ長期的視野であるべきなのに、「今年、書いた論文は何本か」などと評価される時代です。日本の将来を考えて「このままだといけない」という強い思いで本にしました。

藤平:私も拝読させて頂き、世の中の「滞り」を無くしていく活動をこれから西成先生とご一緒に進めていければ幸せです。本日は貴重なお話を有り難うございます。

『心身統一合氣道会 会報』(19号/2017年4月発行)に掲載

自分のことだけ考えると結局は
損をしているわけです。

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当会では「合気道」の表記について、漢字の「気」を「氣」と書いています。
これは“「氣」とは八方に無限に広がって出るものである”という考えにもとづいています。


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